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5 仕事3

「え? わからない? 誰も? もう一度よく目を通してくれ」


ハラウェイは苛立ちを押し殺した様子で私にモニターを指し示した。モニターには顔写真が映し出され、名前、経歴なども簡単に記されている。


プーランク軍の技術・情報を持ち出してビッグマザーに逃げ込んだ連中のリストの照合をしてほしいと頼まれた。私がビッグマザーに滞在していたときに見かけた人間を教えてほしいという。


レントン博士、モーガン博士、ジーンさん・・・見知った顔がたくさんモニターに映し出される。


「ビッグマザーには短期間、捕虜として乗っていただけなので、わかりません」


冷や汗をかきながら、顔に表情を出さないようにしていう。


レントン博士の真面目くさった顔が、モニターに映し出されたままになっている。




レントン博士にはチョコレートをもらったことがあった。


「ビッグマザー」にいたとき、ルークや他の若者達が戦闘機乗りの訓練をしているのを見かけた。「ビッグマザー」から飛び立ち、周辺の宙域をまわっているのが窓から見えたのだ。ルークがハニガンさんと結婚してしまい、自分は戦闘機に乗ることもできず、どうしていいかわからなくなっていた頃のことだ。窓から見える訓練の光景をぼんやり眺めているうちに、いつのまにか、泣いていた。

馬鹿みたい。泣くなんて。

顔をごしごし袖で拭きながら、窓から背を向けたところに、ちょうどレントン博士が立っていた。


気まずかった。泣いているところを見られた私も気まずかったけど、レントン博士も気まずかったのだと思う。ものすごく困った顔をしていた。見なかったフリをして立ち去ることも、気の利いた言葉をかけることも、レントン博士はできない。

不器用なのだ。

それがよくわかる。


レントン博士は困った顔のまま、ポケットに手を入れた。

それから、ポケットから銀紙で包まれた小さな三角錐の形のモノを取り出して、私にくれた。

小さな銀の三角錐の中身はチョコレートだった。

無言でくれたソレを、無言で食べてしまった。

一個食べると、もう一個くれた。

それも食べると、もう一個くれる。

いったい、いくつチョコレートを持っているんだろう。

そう思ってレントン博士のポケットをみると、ポケットはお菓子でいっぱいに膨らんでいた。なんだかおかしくなって笑ってしまった。

笑った私を見て、レントン博士はホッとした顔をした。


それだけのことだ。


でも、私はレントン博士がビッグマザーに乗っていたと、どうしてもいえなかった。

いえるわけがない。





「わからないって、そんなはずはないだろう?」


ハラウェイは暫くして、私が答えられないのではなく、答えたくないのだ、と感づいたらしかった。


「君は傭兵の頃は反抗的な事で有名だったようだけれど、正規軍人になったのなら、直さないとね。君の態度はアレンの評価にも結び付くよ。きちんと答えてくれ。」


穏やかな表情を崩さないままハラウェイは言うが、独特の凄みがあった。


「でも」


思わず言いかけた私をハラウェイはキッパリと遮った。


「君は全てイエスと答えればいい。君の意見を聞いているわけじゃない。これは命令だ」


当たり前のことだった。

ハラウェイの冷たく澄んだ青い眼が私を見下ろしていた。



「そういえば、アレンが惑星ロペでサルを頭に乗せた男が君を迎えに来たといっていたな。リストにサルと一緒に逃げた馬鹿が載っていた。プーランク医科大学出の秀才君か。軍と共同研究をしていた製薬会社のデータを破壊し、出奔。アレンが見たといっていたのはこの・・・シン・ジルフィードじゃないのか?」


シンの顔がモニターいっぱいに映し出された。

思わず息を飲む。


「・・・知りません」


私は言ったが、シンを見たときの一瞬の顔の表情をハラウェイに全てみられていた。


「いい加減にしろ!」


ハラウェイは手近にあったイスを蹴り飛ばし、私の胸倉をつかむ。苛立った冷たい青い眼がすぐ間近にあった。


「お前はもうプーランク人で、プーランクの軍隊にいるんだぞ」


それでも、私にはいえなかった。


ハラウェイは突き飛ばすように、胸倉をつかんでいた手を離した。

ハラウェイはそれなりに手加減していたと思う。

が、如何せん体格差がありすぎた。

私は思い切り後ろに倒れこみ、部屋の隅に積み上げられていたイスに突っ込んだ。


派手な音を立てて積み上げられていたイスが崩れ落ちる。


近くにいた女性事務員が物音に驚いて顔を出し、私を見て悲鳴をあげた。

イスで額を切ったらしい。

派手に血が流れ、ちょっとしたスプラッターになってしまっていた。


ハンカチを傷口にあて、止血する。

これくらいならすぐに血は止まるだろう。

頭の周辺は血管が多く、出血は派手だが、脳が無事なら大したことは無い。


「ミア、どうし・・・」


アレンがあわてて駆け込んできた。

さっきの女性事務員が血だらけの私をみて動転し、アレンを呼びに行ってしまったらしい。

呼びに行くならまず保険医だ。全く持って、失格だ。

アレンも、軍人がそんなことで慌ててどうするの?


「どこを怪我した?」


アレンはすぐに跪き、怪我を点検する。


「大丈夫。勝手に転んでイスで額を切っただけ。血も止まりかけてる」


「傷は・・・深くはないな。痛むか?」


落ち着いた言葉とは裏腹に、頬に伝った血を拭ってくれるアレンの手は冷たく、微かに震えていた。


「平気」


ちょっとズキズキするけれど、たいしたことないと思う。


ハラウェイの持ってきたタオルで血をふき取り、包帯を持ってこさせ、手早く頭に巻いてくれた後、アレンは重いため息をもらした。


「・・・ハラウェイ、後で話がある。ミアは保健室へいって消毒と検査をしてもらえ」


アレンは突っ立っていたハラウェイにいい、私の頬にそっとキスすると、何事も無かったかのように部屋を出て行った。



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