2 約束と報道
大きなステンドグラスがはまった美しい教会で、アレンと約束をした。
ずっと一緒にいるという贅沢な約束。
神様にアレンを一生愛しますと誓うことはできるけれど、神様がアレンと私を引き離さないと約束してくれるわけじゃない。
本当に人間の一方的な祈りでしかないと思う。
(注:ミアはもともと無宗教です。結婚前に教会で神父様からいろいろ教えていただいたはずですが・・・。上記はミアの個人的考えで、実在の宗教、結婚観等とは無関係です)
アレンは私のプーランク帰化にあわせ、長期休暇をとってくれていた。
何もわからない私に、一つ一つ丁寧に教えてくれる。
マンションの入り方、買い物の仕方、プーランクの交通網、料理の作り方、緊急時の連絡先、近寄ってはいけない場所、軍の派閥、プーランクの文化や歴史、シーモア家の人間関係・・・・。
今までの生活が良くも悪くもシンプルだったので、突然大量のことを教えられ、面食らう。軍やシーモア家の人間関係など、ややこしくて聞いた端から忘れた。
とりあえず、軍の偉い人にアレンの叔父さんがいることは覚えた。アレンのお兄さんも軍関係で働いているらしい。アレンの叔父さん、ゴドウィン・シーモアは、傭兵の頃から名前だけは知っていたが、会うこともなく雲の上の人だった。
そういえば、アレンの家族に会う前に結婚しちゃったけど、よかったのだろうか。
私がよかったの? ときくと、アレンは何も言わず、そっと私の鼻にキスをした。
アレンに抱きしめられると、自分が今までどれほど巨大な不安や孤独や恐怖と一緒に生きてきたかに気がついてしまう。
不安や恐怖や孤独。
心の奥におしこめ、気付かないフリをしていたそれは、アレンの腕の中であっけなく消え、代りにアレンの温もりが心も体も満たしてゆく。
本当は、気がついてはいけなかったのかもしれない。
それは、アレンを失うことへの不安や恐怖を背負うことを意味しているから。
傭兵「ベビードール」の活躍と結婚は大きく報道された。
「傭兵の成り上がりがエリート軍人と結婚」という一種のシンデレラストーリーとして雑誌に紹介されたり、故郷を失った可哀そうな子供が傭兵となり、終に勲章までもらう英雄となった成功ストーリーとして番組で紹介されたりした。
私の今の身分はプーランク国籍の正規軍人だ。
ゴシップ以外の正規取材は全て軍を通すことになる。軍の広報が受けた取材を、軍の広報が書いたシナリオどおり読み上げ、写真をとらせる。そこに私の言葉は全くない。「ベビードール」に似た容姿、成り上がりの成功者としての私には、若者を中心とした支持層がいるようで、軍の宣伝としてそれなりの価値があるらしい。
もちろん私がドラッグ漬けだったことには全く触れられていない。シーモア夫人が、勲章持ちの「ベビードール」が、ドラッグ漬けというのは甚だ外聞が悪いのだ。
アレンの妻の伝説の「ベビードール」それが私だった。
健康診断を受け、簡単な研修を受けた後は、所属が決まるまで自宅待機となった。
アレンは長期休暇を全て私のために使い、また宇宙へ帰って行った。
プーランクの戦闘用空母「アース」にアレンは常駐している。
私はプーランクの首都にあるアレンの自宅に一人取り残された。
アレンはいつでも優しかった。可能な限り電話もくれた。
それでもアレンのいないマンションは灰色の牢獄だった。
シーツにくるまり、窓から見えるタワーの赤い点滅をぼんやり眺める。
ずっと一緒って約束したのに。
宙軍の「アース」所属の希望届を出した。
「アース」勤務になれば、アレンと一緒にいられるから。
ドラッグ無しじゃ戦闘機に乗れない私に宙軍の辞令がおりる可能性は低い。
正規軍人は規律が厳しく、ドラッグ漬けは有り得ない。
それに、今まで知らなかったけれど、宙軍の戦闘機乗りの職場は人気があるらしい。
独り、家で引きこもりになっていた私にようやく辞令がおりた。
それは、無所属のまま、あるプロジェクトチームに参加しろという、よくわからない辞令だった。