9 ドッグタグと花嫁
アレン視点です
結婚予定日と二人のイニシャルが彫られたプラチナの指輪をミアは物珍しそうにみていた。
ミアのまわりには結婚指輪をはめていた人がいなかったのだろうか。
「結婚指輪、めずらしいものでもないだろう?」
俺が言うとミアはうなずく。
「うん。でも、内側に文字が彫られていたなんて初めて知ったの。これでドッグタグが無くても安心だね」
ミアはニッコリ笑って言う。
ドッグタグが無くても安心。
ドッグタグは兵士に配られる個人認識票で、薄い金属板に名前や所属などが刻印されている。戦死時に遺体が原形を留めないほど損壊しても、タグが無事ならば個人識別が可能というわけだ。チェーンに通して首からかけることが多く、犬の鑑札になぞらえて、皮肉を込めてこうよぶ。死んでも指輪があればドッグタグのかわりに身元証明になる、とミアはいっているのだ。
プーランクの正規軍人は体内に個人情報を記載したチップを埋め込んでいるので、ドッグタグなど使用しないが、傭兵は未だにドッグタグを使っている。それも、宇宙で戦死すれば、ドッグタグすら回収できないことの方が多い。
俺は何も言えなくて、ミアを見た。
ミアは単純に嬉しそうに俺とミアの名が並んだ指輪をみていた。
俺たちはもうすぐ結婚する。
ミアと暮らし始め、すぐに籍を入れることを決めた。
ミアがもと異邦人であることから反対される可能性もある。
傭兵の荒れた実態を知っている叔父などは絶対に反対するだろう。
2人きりでひっそりと結婚式をしてしまおうと思い、教会にお願いした。
プーランクの正規軍人幹部ともなると身元にうるさい。組織に予め結婚相手を報告しておくのが慣例で、組織は結婚相手の素性を調べあげるのが普通だ。傭兵としての功績でプーランクに帰化し、正規軍人となったミアだ。結婚禁止はないはずだが、最近また見合いの話が多い。横やりを入れられる前に結婚してしまいたかった。何よりも、早くミアを自分の手元に、自分のものにしてしまいたかった。
両親や親族にたてついたことなど無く、優等生を地でいっていた俺の初めての暴挙だったかもしれない。
・・・・・・・
そうやって迎えた結婚式の当日。
ミアの花嫁姿はあまりにも清楚だった。
圧倒的な無垢。
それは、悲しいほどだった。
花嫁を見慣れているはずの神父ですら、ミアを見て一瞬、目を見開いていた。
触れれば消えてなくなりそうだった。
少し淋しげに、でも嬉しそうに、恥ずかしそうに微笑んで、俺の耳元でミアは囁いた。
アレン、好き。