8 夜のタワー
アレン視点です
ルーナ女医、今は政治家のルーナ・マクバガン議員がゴリ押ししてくれた通りの筋書きとなった。ミアはプーランクの傭兵として海賊DDDの討伐に加わって大きな功績をあげたことになり、その功績によりプーランクへの帰化が認められ、傭兵から正規軍人への格上げも決まった。これでミアが望もうと望むまいと、ミアはプーランクの住人であり、軍人である。自由に国外に出ることは許されない。ミアには栄誉ある勲章まで授与されることになった。
それに伴う様々な手続きをミアに代わって全てやり、身元引受人であることを理由にミアをプーランクの首都にある自宅へ連れ帰った。
ミアは親鳥を追うヒヨコのように必死に俺についてきた。望んでもいないのに突然プーランク国民になったと聞かされ、様々なわけのわからない手続きを突き付けられ、途方に暮れていたのだろう。俺がいうままに書類にサインし、俺の差し出す手を素直に握りしめる。
・・・俺はずるい人間だろうか。
ミアを守るといいながら、ミアを囲い込み、逃げ出せないようにしている。
自宅に着いたのは夜だった。
自宅は高層マンションにあり、眺めがいい。
長期宇宙勤務なので、自宅にいるのは休暇と地上勤務のわずかな間だけだ。それゆえ、室内にはあまり物も無くガランとしている。
酒を出し、ソファに腰をおろす。
ミアは外をみていた。
ガラスにおでこがくっつきそうなくらい近づいて。
壊れそうな後ろ姿に胸が苦しくなる。
「ミア」
俺が呼ぶと、ミアは振り向かずにガラスの中で目を合わせてきた。
外は暗く、ミアの姿はガラスに映りこんでいる。
「なに?」
消えそうな、ミアの声。
「そういえば、ルークはどうした?」
何でもない事のように、さりげなく問う。
「・・・・・結婚した。ハニガンさんって子と。だいぶ前に」
ミアはつぶやくようにいうと、再び、ガラスの中の俺から目を逸らし、外の夜景をみつめる。
思い出す。
あのときの背中と同じだった。
空母「アース」のラウンジに夜、一人ポツンと座っていたミアと。
「そうか」
俺が言うと、そうよ、とミアはそっけなく返す。
会話が途切れる。
ミアの視線の先には、タワーの赤い光が静かに点滅している。
外の景色が見やすいよう、室内の明かりを暗く落とした。
「明日、タワーにいってみようか」
俺が言うと、ミアは体ごと俺の方を向いて小首をかしげる。
「・・・何のために・・・?」
返事に窮する。
熱心にタワーをみているから、ミアはタワーが好きなのかと思って。
まるで、中学生か高校生だ。
「いや、まあ、観光スポットだし、ミアがタワーに登ってみたいのかと思って」
俺がいうと、ミアは目を輝かせた。
「それ、登れるの? 知らなかった。上まで登れるの? 行く! 絶対行く!」
ミアが嬉しそうに、子供みたいにぴょんと跳ねるのがわかった。
それだけで、なぜか胸がいっぱいになる。
「じゃあ、明日行こうな」
俺が言うと、ミアはソファによじ登り、俺の膝によじ登った。
よじ登るという言い方は変だが、ミアの動きはやっぱりそう形容するのがふさわしいように思う。
ミアは俺の膝にまたがり、向い合せに座る。
考えようによってはかなりキワドイ恰好だ。
「アレン」
ミアが心細そうにいった。
「ん? どうした?」
ミアの目を覗き込む。
「アレンのこと、好きになっていい?」
小さな消え入りそうな声だった。
ミアの細い体を思い切り抱きしめる。
ミアは目をつぶり、小さな唇をそっと押し当ててきた。
彼女の白い体をタワーの赤い点滅が微かに照らしていた。
タワーの赤い点滅が消え、部屋が日の光に満たされるまで、白い体を抱いていた。
アレン。
ミアの擦れた声が耳の奥に焼きついた。