5 ベビードール1
「この病室の説明だけなかったな」
「患者の名前も書いてないし、変ですね」
知らない若い男達の声が聞こえてくる。
「ベビードールじゃねえの? コレ」
「動くのかな。あ、息してる」
ほおをつっつかれる感触。
「なんでこんな所にあるのかな。病院で寝ているってことは病気なのか? コレ」
「さぁ、どうでしょう? ベビードールってアンドロイドでしょ? 病気になるものですかね?」
髪に触れられる感触。不快。
「コイツ、裸じゃない?」
「ええ。僕もそう思っていました。シーツの下、裸ですよ。この子」
そろそろとシーツが下げられ、首筋、鎖骨に知らない指が這う。
不快だ。
私は目を開いた。
ひっ、と息を飲む音がして指が離れた。
「やっぱり、ベビードールだよ、コレ。銀色の目をしている」
「僕が見たベビードールは綺麗なグリーンでしたよ」
「銀色バージョンもあるんだろ。綺麗なもんだな。ベビードールってことは、やっぱりアレだろ? セクサロイド。もっとこう、肉付きがいいのかと思ったけど」
「初期のタイプはみんなこんな感じですよ。肉付きの薄いスラッとしたドール体型。その後です。巨乳やらケツやら抱き心地のいいセクサロイドにしたのは。初期バージョンのセクサロイドは看護師として開発されたアンドロイドのボディがもとになっていますから、こんなものですよ」
2人の白衣の男が無遠慮に私を見下ろし、勝手な事を言っていた。
白衣は着ているが医者には見えない。まだ若い。
学生か何か、そんな雰囲気だ。
セクサロイドと人間の区別もつかないなんて、相当の阿呆だ。
ここは、どこだろう。
私は何をしているのだろう。
私はそろそろと体を動かして、上半身を起こして、愕然とする。
はらり、と落ちたシーツの下は全裸だった。
シーツを慌ててひっぱりあげる。
ごくり、と男達が唾を飲みこむのがわかった。
ただでさえ、男達は私をセクサロイドと勘違いしているらしいのに。
これでは挑発しているようなものだ。
まずい。
傭兵をしていた頃はそれなりに用心していた。
傭兵隊長をしていたルークが防波堤となっていたため、からかわれることはあっても、私に直接ちょっかいをかけてくる男はほとんどいなかった。
それでもタガが外れるときはある。
そんなときは徹底的に相手を痛めつけた。
生半可な事じゃ、逆に相手の恨みを買い陰湿な仕返しが待っている。
相手をぶちのめし、どちらが上か体に覚えこませる。
そうしてきた。
が、体は鉛のように重い。
頭が上手く働かない。
どうして、私はここにいるのだろう。
病院のようにみえるけれど、ここは、どこだろう。
それよりも。
この男達をどうにかしないと。
「ドクターを呼んできて」
男達の注意を遠ざけようといってみるが、声が震えてしまう。
小さなかすれ声しかでない。
「どこか具合が悪いのですか? 一応私も医者の卵です。まだ研修中ですが」
男の内の一人が嗤いながら手を伸ばす。
シーツで胸元を押さえ、後ろへ下がる。といっても狭いベッドの上だった。
頭をつかまれ、ベッドに押し付けられた。
血の気がひく。
「痛いところは?」
首筋を指が這う。
不意にグイ、とシーツをつかまれ、下げられた。
上半身がむき出しになる。
私は悲鳴をあげて、男を払いのけようとした。
「ちょっと、悲鳴をあげるのはやめてくれないかな。診察しているだけなんだから」
男は嗤いながらいい、私の口を手でつかんでふさいだ。
「ベビードールの診察をできるなんて光栄だ」
男はそういって、私の体を指でなぞる。
涙がにじむ。
シーツははぎとられ、男の荒い息が顔にかかっていた。
顔を背け、なんとか男を払いのけようと暴れると、男がのしかかってきた。
「何をしている」
怒号が響き、男の体が吹っ飛んだ。
「この馬鹿を病院からつまみ出せ」
廊下に男が投げ飛ばされた。
なぜか、アレン少佐とルーナ女医がいた。
アレン少佐が男達を殴りつけ、廊下に投げ飛ばしたのだ、と、なんとなくわかった。
「あらあら、可愛そうに」
ルーナ女医は棒読みの口調でいい、落ちていたシーツを拾い上げると私に巻きつけてくれた。
カタカタと体が震える。
震えを止めたくて自分で自分の体をきつく抱く。
でも、震えは止められなかった。
「ミア」
心配そうな声に思わず顔をあげる。
「少佐?」
どうして少佐がいるの? ここはどこ?