3 電話
アレン少佐視点です
電話の発信元を見て、笑いが浮かぶ。
珍しいヤツからだ。
「アレン、久しぶりだな。元気にしていたか?」
モニターに映る友人の姿は昔と変わりなかった。
「ああ。ハラウェイ、お前こそ。最近どうだ?」
「ボチボチだな。それよりあのゴシップ、本当なのか? マクバガン議員の娘だったっけ? ルーナ・マクバガン医師・・・とかいう美女と付き合っていると出ていたが。週刊誌に追われるなんて、アレンも出世したな。ハンサムで血統正しい独身のエースパイロットとくれば、俳優よりも人気があるのかもな」
ハラウェイの言葉にウンザリして苦笑する。
なぜだか、ルーナ女医と俺が付き合っているというデマが流れ、くだらない雑誌にスクープされ、それらしい写真まで載せられた。ルーナは両親が著名な議員で、俺が所属する「アース」の軍医をしていた才色兼備な女性だ。
今では軍医の仕事から離れ、議員である両親のあとを継ぎ、政治家としての活動を始めている。そういったデマは迷惑ではないかと思ったが、あの女、それすら政治家活動の宣伝の一つにしているようだ。自分の崇拝者は多い方がいい、ということらしい。こちらはそのせいで見合いの話がいくつかつぶれた。マクバガン議員の娘を敵にまわしたくないのだろう。まあ、見合いなど望んでいなかったし、ありがたいといえばありがたいが。
「そんなわけないだろう。」
つい不機嫌な声になってしまう。
「やっぱり違うのか。あの美女、お前の好みとは少し違うと思っていたんだ」
そういってハラウェイは電話の向こうで笑っている。
「そんなくだらない用件で電話してきたのか? それよりちゃんと仕事しているのか」
ハラウェイは俺の後輩として軍に入隊したが、年齢は同じだ。抜群の戦闘センスを買われて民間から中途入隊してきたが、一匹オオカミ的なところがあり、仲間からは浮いていた。上下関係が厳しく、親・親戚などバックグラウンドがものをいう世界だが、彼は誰とでも堂々と渡り合う気持ちのいい男だった。俺とも先輩後輩という枠を超え、いつの間にか友人となっている。
「そうそう、そのことで相談があって電話したんだ。実は海賊船の討伐を命じられていたのだが。おれともあろうものが失敗しそうになったわけだ」
ハラウェイは淡々と話す。
仕事内容は機密が多いため、ハラウェイがこのような話を切り出すこと自体めずらしい。
「いつも余裕のお前が? 珍しいな。それに、海賊討伐なんて普通は民間にやらせるだろ?」
海賊討伐などは民間の軍隊に委託することが多く、正規軍を動かすことは稀だ。よほどの事情があったのだろう。
「相手が悪くてな。海賊のDDDだ。軍の施設に搬入予定の希少鉱物が盗まれた。プーランクの面子にかかわるっていうんで、DDD討伐と鉱物奪回の命令を頂戴した。けれど、DDDはとにかく残忍で好戦的な連中でさ、へたな空域で戦うわけにもいかなくて、DDDの船に発信機をとりつけてしばらく泳がせたんだ。やつら、それに気が付いて魔の海域に逃げ込みやがった」
魔の海域は計器類が狂いやすく、通信などもノイズが多くてつながりにくくなる。
「それで?」
俺は次をうながした。
「魔の海域は通信とか、とにかくうまくいかなくてさ。発信機を取り付けられたのはよかったが、それを追うのも至難の業だ。大体の位置はわかるけれど、計器は狂うわ、ノイズはひどいわ、正確な位置がわからなくなっちまった」
よくある話だ。
だからこそ魔の海域だし、悪人どもの根城になるのだ。
「DDDが船を乗り換えたらアウトだ。追跡できなくなる。さすがにあせったよ。とにかく、DDDが向かった方向を洗うしかなかった。やつらがどこかの船を襲って派手なドンパチを始めればわかるだろうと思って必死で後を追ったんだ。けれど、意外な形で鉱物を乗せたDDDの船が見つかったんだよ」
ハラウェイは続ける。
「DDDの船につけた発信機の信号と、プーランクの船からと思われるSOS信号を同時に拾ったんだ。でも、魔の海域だろ? 囮かもしれない。警戒しながら船に近づいた。船はあったが、これが妙でな。プーランク製の戦闘機が俺たちの追っていたDDDに突き刺さった形で漂流していたんだ。壮観だったよ。SOS信号を出していたのはプーランク制の戦闘機で、一見量産型に見えるけれど、レアな名機だ。あの手の戦闘機は乗り手を選ぶ。盗品を乗りこなせず、無茶をしてDDDに接触したのかとも思ったが違う。誘爆しにくい場所に上手く戦闘機を当ててDDDの動きを止めているんだ。そんな芸当ができる戦闘機乗りなどそういない。DDDの海賊達は残念ながら脱出ポットで逃げ出しちまって、船のそばに残っていた半分くらいしか捕えられなかったが、DDDに例の希少鉱物は残されていて、無事回収できた。」
「プーランク製の謎の戦闘機か。その戦闘機に乗っていたやつは何者だ?」
「そう、それで上に連絡する前にお前に相談したかったんだ。調べたら、お前のところにいた傭兵だったよ。可愛い女の子だ」
「まさか、ミアなのか? 無事なのか?」
「そうそう、名前はミア・アランフェス。プーランクの「アース」の傭兵部隊所属で、現在は行方不明(捕虜を含む)扱いとなっている。彼女は冷凍ガスっていうの? あれで戦闘機の中で冷凍睡眠状態になっていた。旧式の船にはよくあっただろ? 緊急時にクルーを冷凍保存して、SOS信号だして仲間に拾ってもらうっていうタイプ。彼女はそのままウチの軍の病院に収容された。まだ覚醒中だが、たぶん上手くいくだろうとドクターはいっていた。綺麗な子だな。セクサロイドの「ベビードール」みたいで。まだ彼女のことは極秘にしてある。で、彼女の処遇が問題なんだよ」
ハラウェイは言葉を続けた。
「魔の海域で、彼女が捕らえたDDDの船に鉱物が積まれていた。魔の海域はどこの領空でもない。となると、一般的に鉱物の所持権は彼女にもあることになる。けれど、ウチの上の連中は鉱物を全て奪回したい。それ以前に民間の可愛い女の子がDDDを制して鉱物を取り返したなんてことになると面子にかかわる。そうなると、彼女は邪魔だ。彼女がプーランクの傭兵として、任務の一環としてDDDを襲ったことにすれば、プーランクの手柄となる。また、彼女を脱走兵として俺たちが狩ったことにすれば、彼女の身柄とDDDは俺たち、つまりプーランクのものとなる。まぁ、どのみち彼女はプーランクにいいように利用されるだけだけれど、一応お前の意見も聞いておこうと思って」
「ミアは、彼女は脱走兵なんかじゃない。前の戦闘のときに、戦闘中に「ビッグマザー」の捕虜になってしまったんだ。脱走兵扱いだけは止めてくれ」
俺がいうと、電話のむこうでハラウェイが笑った。
「わかっているよ。お前が彼女に惚れこんでいるのは有名な話さ。彼女が捕虜になったとき、やっきになって奪回しようとしていたらしいな。じゃあ、彼女の身分は傭兵としてウチと協力してDDDを捕えることに成功したというシナリオでいけるようかけあってみよう。ひょっとすると、功績が認められて彼女のプーランク帰化が可能になるかもしれん。何せ、あの鉱物、目玉が飛び出るくらい高価なモノだし、隣国からの贈り物、という政治的な意味合いも強いらしいからな」
ハラウェイからの連絡はありがたかった。
だが一抹の不安が残る。
ミアがプーランクの傭兵としてDDDを捕えたというシナリオになるとは限らない。ミアの存在自体を消し、ハラウェイらがDDDを捕え、鉱物を回収したというシナリオになる可能性もある。その場合ミアを口封じに脱走兵として投獄するかもしれないし、最悪、消される可能性すらある。それくらい、軍は簡単にやる。
もうワンランク上の援護が必要になるな・・・。
仕方ないか。
久しぶりにルーナ女医に連絡をとった。