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1 魔の海域と海賊

最近、ジーンさんのお手伝いをすることが多い。

ジーンさんは艦内の設備調整をやっていて、どこがどうなっているのかを教えてくれる。相変わらず無駄にセクシーでマッチョ。


空いた時間に格納庫へ行く。お気に入りの戦闘機をみつけた。ちょっと古いけれど、よく手入れされたプーランク製の戦闘機で、外見は量産型に似せて作ってあるが、中身はマニアック。半自動操縦も完全な手動マニュアル操縦もできる。


最近の量産型戦闘機はたいした技術がなくてもある程度操縦できるようになっている。戦闘機乗りには、機を操縦するテクニックはもちろん、攻撃のテクニック、判断力、忍耐力、体力等要求される。全てを習得するには生まれ持った適正の他、かなりの訓練が必要だが、戦闘機乗りの寿命はそう長くない。技術力の高い戦闘機乗りを時間かけて育てても、実際に戦闘に出られる期間は短いし、殉職は多いし、効率が悪いことこの上ない。だから、技術力が無くても乗れる戦闘機が開発、量産されたのだ。


この目の前にある戦闘機は乗り手を如実に反映する。画一的な量産型自動操縦とはわけが違う。美しい戦闘機だ。


私が戦闘機に見惚れていると、肩を叩かれた。


「気に入ったか?」


後ろにいつの間にか大将とジーンさんが立っていた。


「その機はいつでも使えるようにしてある。それに乗れるやつはもういない。ミアが使え。ちょっと乗ってみろ」


ジーンさんがいった。


それに乗れるやつはもういない、か。


私はもう一度戦闘機を見た。

戦闘機も私を見ている。


コクピットに身をしずめ、目を閉じる。

宇宙を思い描くだけで心臓が跳ね上がる。


操縦自体はできそうなのに。

取扱説明書の類は無いが「アース」にいたころ乗っていた戦闘機とよく似ている。


緊急用の赤いわざとらしい大きなボタン以外はほぼわかる。赤いボタンは押すとどうなるのだろう? 構造からいって、モジュール式の脱出装置―コクピット部分が外れて操縦者が脱出できる―ではなさそうだ。

・・・だが、そんなこと以前に。

宇宙が怖い。

無限の宇宙に怯んでしまう。


なんとか恐怖を沈めようとして、不意にアレン少佐の温もりを思い出した。

胸に耳を押し当てたときに、抱きしめられたときに聞こえた力強い鼓動。

恐怖が微かに薄れる。

アレン少佐の温もりを表面上に想い出し、恐怖を起さないように意識の底に沈める。


私はそっと目を開いた。

深呼吸し、集中力を高める。


試運転を開始して、20分間が精神的な限度だった。

戦闘機で20分間「ビッグマザー」の周りをくるくると回って、帰ってくる。

ドラッグ無しで戦闘機に乗れた。前進した、ということにしておく。



それからは、暇をみてジーンさんや大将が戦闘機乗りの訓練に付き合ってくれた。「ビッグマザー」から戦闘機の離着陸の誘導をしてくれる。少しずつ、宇宙に出る時間を増やし、「ビッグマザー」から離れてみる。


操縦の勘がもどってくるのがわかる。

凍えていた手足に温かな血が戻ってくるように。


戦闘機の訓練を始めて何日かたったころだった。

その日はジーンさんが艦内から私の戦闘機乗りの訓練を見守ってくれていた。


通信機器の調子が悪く、戦闘機の誘導をしてくれるジーンさんの声にノイズが交じるようになった。


「ミア、そろそろ「魔の海域」にさしかかる。しばらく戦闘機乗りの訓練はお預けだ。A1ゲートに戻れ」


ジーンさんから帰れコールがかかった。


「魔の海域」は有名な場所だ。

どういう原理なのかはよくわからないが、その一帯は計器類が狂いやすく、通信などもノイズが多くてつながりにくくなる。魔の海域で迷ってしまう船、事故を起こす船が後を絶たず、宇宙船乗り達に恐れられている場所だ。そんな危険な場所で、わざわざ戦闘機乗りの訓練を行う必要はない。


「魔の海域」を迂回して通ればいいようなものだが、迂回ルートは軍事大国プーランクの植民コロニーの空域となっているため、渡航にはプーランクの許可が必要になる。プーランクは国籍の無い船の渡航を認めていないため、「ビッグマザー」は通ることができないのだろう。


「了解。F1999、A1ゲートに戻ります」


私は「ビッグマザー」の航空機離着陸用のA1ゲートに向おうとして、視界の隅に何かを捕えた。私の眼は機械が入っているため、高性能だ。


何だろう?


かなり高速で近づいてくる・・・宇宙船?

何というのか、勘でわかる。

嫌な感じの船だ。


「ジーンさん、右後方から宇宙船が近づいている。何か変だ。大将につないで」


私がいうと、ジーンさんの声がすぐに返ってきた。


「了解した。ミア、すぐゲートに戻れ」


ノイズが交じる。

「魔の海域」にさしかかっている。



宇宙船はスピードをゆるめることなく、まっすぐ「ビッグマザー」に近づいてくる。通常、「魔の海域」を通る宇宙船はスピードを落とすことが暗黙の了解となっている。



海賊船の可能性が高い。


「ミア、機器の調子が悪くてハッキリしないが、海賊船DDDの可能性が高い。すぐ戻れ。ゲートを閉鎖する」


大将の緊迫した声が響く。


DDD。

海賊の中でも、残虐で好戦的なことで知られている。

よりによって、一番厄介な相手だ。


「大将、逃げ切れるの?」

私が聞くと、少し間があって大将の声が返ってきた。


「・・・相手の船の方が早い。それにこの海域で下手に動き回れば位置がわからなくなって迷子になる。この船は装甲が厚いから、開口部を全て閉鎖してやりすごす。だから、ミア、早く戻ってくれ」


たいていの海賊ならそれでやり過ごすことができる。大型船である「ビッグマザー」は装甲が厚く、開口部さえ閉鎖してしまえば外から侵入するのはかなり難しい。しかし、相手はDDDだ。相手の船に取りついて数分で足場を組み、穴を開けて侵入して、船ごと乗っ取る。手口も大胆で荒っぽい連中だ。DDDの船はせいぜい100人乗れるかどうかの小型船だ。対して「ビッグマザー」は三千人以上が乗れる大型船だが、戦闘に慣れた残虐な海賊数十人を相手にするのは、容易な事ではない。乗りこまれてマシンガンをぶっ放され、人質でもとられれば手も足もでない。規模の問題ではないのだ。



「大将、逃げ切れないなら戦うしかない。DDDは船に取りついて足場を組み、船を壊して侵入する。DDDに追いつかれたら終わりだ。その前に相手を叩かないと」


「・・・わかった。戦闘準備態勢に入る。ミア、A1ゲートはもう閉める。裏のC1ゲートを開けるからそこから戻れ」


大将からの通信はかなりノイズが交じっている。


「了解」


そういって、戻ろうとしたが、海賊船はかなりの距離に近づいている。

目視でわかる。

DDDだ。間違いない。


今から攻撃準備をして間に合うのか?


私は戦闘機に乗ったまま、「ビッグマザー」の裏側に回り、様子を見ていた。


「ビッグマザー」が威嚇射撃と思われる攻撃をするが、DDDは全く動じない。

威嚇なんかしている場合じゃない。すぐに撃ち落とさなければこちらがやられるのに。


DDDの様子も少し変だ。全く余裕が無い感じで、なりふり構わずつっこんでくる。

「ビッグマザー」が攻撃用射撃をするが、DDDは上手くかわし、射程の死角に入りこんでしまった。


攻撃したいが、私の戦闘機は武器を搭載していない。


このままでは、まずい。




「ビッグマザー」の裏ゲートから戦闘機が飛び出してくる。

が、DDDと「ビッグマザー」の距離が近すぎる。

大型船の周りを数機が飛び回って攻撃すれば、同志撃ちのリスクが高くなってしまう。




特攻しかないか。

DDDを、止める。

プーランク製のこの古い戦闘機はかなりの強度を誇る。


今まで多くの戦闘機や、宇宙船を相手にしてきた。

昔の宇宙船は結構頑丈に作られていた。が、最近の宇宙船は、性能が良い割に、脆いことがわかってきた。


高速飛行の性能、爆撃の正確さ、居住空間の快適性、燃費、そういったものは抜群に良くなったかわりに脆いのだ。動力部分、居住部分、外壁、燃料電池、それらがバラバラの企業で作られ、プレハブ工法で組み立てられる。それぞれの性能は良いが、結合部などが脆弱なのだ。例えば動力部分と居住空間の間を上手に爆撃すれば、結構簡単にバラバラに外れてしまうのだ。

DDDは武器を大量に積んでいるが、船は新しい量産型の船だ。宇宙船としてはかなり小型の部類に入る。


DDDの船の動力部分と居住空間の間に戦闘機の先端を当てれば・・・、動力部と居住空間がはずれ、DDDを止められるのではないか。


かなり無謀なことはわかっている。もちろん無傷ではいられない。船ごと爆発する危険もないではないというか、かなりありうるが・・・。


・・・運が良ければDDDを止め、ボロボロの機体でビッグマザーに戻れる。あるいは機体から脱出すれば「ビッグマザー」に拾ってもらえる。


運がよければ。でも、私は悪運が強いと常に言われてきた。


今までもそうやって生きてきた。


昨日生きていたから、今日も生きている。

今日生きぬけば、明日になる。


DDDの船は目前に迫っている。

他の戦闘機が砲撃を開始するが、DDDは止まらない。

少々撃たれるのは想定内という事か。どのみち、いまDDDが乗っている船は捨てるつもりでいるのかもしれない。


「大将、DDDを止めてみる。他の戦闘機は退いて!」


「ミア? 何を馬鹿なことをいっている」


大将の声が途切れる。


勝算は絶対にある、はず。

「ビッグマザー」の裏から飛び出て、DDDとの間を見極める。

狙いを定め、突っ込んでいった。


ミア

ルークの声が聞こえたような気がした。


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