4 あーめんな鶏さんのサンドイッチ
シンは爆睡しているのか、丸一日たっても、部屋から出てこない。働き魔のシンが部屋に戻るのはほんの数時間だ。その辺の椅子で仮眠して、夜通し働いていることもしばしばだった。さすがにちょっと心配になった。中で死んでるんじゃないかと思って。食事だって、していないはずだ。
食堂でサンドイッチを作ってもらう。例の、私が育てたあーめんな鶏さんの、チキンサンド。
「シン? 大丈夫?」
ノックをするが返事が無い。
シンはたいてい戸に鍵をかけない。
「シン? 入るよ?」
もう一度、ノック。
返事無し。
まさか、本当に過労で死んでるんじゃ?
心配になっていっきに戸をあける。
シンは眠っていた。
毛布が半分ずり落ちている。
灯りもついたままになっている。
平和そうな、いつもの寝顔。
ホッとした。
シンの寝顔が、なんだか好きだ。
平和で、太陽の匂いがしそうな、優しい寝顔。
持ってきたサンドイッチと水差しをテーブルに置くと、シンを起さないように部屋を出ようと思った。
「・・・小鳥ちゃん?」
シンがもぞもぞ動いた。
「シン、起しちゃった? ゴメンね。あんまりずっと部屋から出てこないから、死んでるんじゃないかって、心配になっちゃった」
シンはむっくりと起き上がると、毛布とぐしゃぐしゃになったシーツから脱出し、ベッドの端に腰掛けた。まだボーっとした顔をしている。
「んー・・・。死んでたのかもしれない。今何時?」
「夜の九時。昨日の夜、寝るって部屋に入って、丸一日経っても出てこないんだもの」
私が言うと、シンは目を丸くした。
「え? 20時間以上寝てたってこと?」
「そうみたいね。お腹すいたでしょ? お水飲む?」
水をコップについでわたすと、シンは一気に飲み干した。
飲み干して、息を吸い込んで、はいて。
「生き返った」
といった。
それから、ベッドに腰掛けたまま、猛然とサンドイッチを平らげた。
それは、もう、あっけにとられるような食いっぷりだった。
「あー、おいしかった。死ぬほどおいしかった」
食べ終わったシンはニッコリと笑ってお腹をポンポンっとたたく。
「生き返ったのに、また死んだの?」
私が笑いながらお水をもう一杯、コップについでわたすと、それもシンは一気に飲み干した。
「ふー、おいしかった」
シンは幸せそうな顔で、しばらくボーっとしていた。
「僕ね、昔、修学旅行で地球にハイキングにいったの」
唐突にシンはいう。
修学旅行で、地球?
修学旅行なんてもの、私の通っていた学校にはなかった。
シンは地球出身じゃなかったのか。なんとなく、地球出身だと思っていた。
でも修学旅行で地球に行けるって事は、相当お坊ちゃんの学校だ。きっと。
「ハイキングっていっても、結構本格的で、山小屋に一泊して山登りするの。その山で湧水をくんで飲んだの。すごくおいしい水だったんだ。今でも覚えている」
水が?
よくわからない。
そう思って、不意に少佐がいれてくれた紅茶を思い出した。
とても良い香りのする紅茶。
あの香りは今でも覚えている。
「でもね。今日のお水とサンドイッチも、同じか、それ以上においしかった」
私が丹精込めて世話して、あーめんになった鶏さん達だしね!
シン、3食抜いちゃった後だし。
「今日のお水とサンドイッチ、きっと忘れないんじゃないかな。ずーっと先まで」
忘れられないくらい、おいしいもの・・・。
ルークと食べた「たこやき」という食べ物を思い出す。
でも。
たぶん、もう一度同じものを独りで食べても、あのときの味はしない。
「次にすごくおいしいものを食べるとき、小鳥ちゃんと一緒に食べてるといいなあ」
シンはにこにこしていう。
心臓がぎゅってなった。
「あのね。小鳥ちゃんがこの船に来たばかりの頃、すごく辛そうだったでしょ。砂を噛んで飲み込むみたいな顔して食事して。だんだん元気になって、おいしそうに食事するようになるのがわかって、僕、本当に嬉しかったんだよ」
シンはじっと私の目をみていう。
それから、シンはそっと、本当にそっと私の唇にキスをして、いった。
「小鳥ちゃんが、好きだよ」