3 前進
前半シンの視点です
ここ2、3日、小鳥ちゃんがドラッグ無しで宇宙に出ている。
宇宙で作業する時間は短いが、トラックを運転したり、空調の配管の手伝いをしたりしている。空調設備の調整をしているジーンに頼まれて駆り出されたらしい。心配だけれど、ジーンも見守っているし、小鳥ちゃんもやる気なので反対はできない。
小鳥ちゃんはもう一度、飛びたいのだと思う。
ドラッグ無しで。
この前の夜、小鳥ちゃんがとことこ廊下を歩いていくので、なんとなく後をつけてしまった。小鳥ちゃんは誰もいない広い格納庫に入りこみ、黙ってじっと戦闘機を見あげていた。戦闘機を見あげるその横顔は、綺麗で厳しい表情をしていた。
小鳥ちゃんは宇宙で作業した後、緊張して強張った顔のままブリッジへ戻ってくる。そして、オラウータンのウー太の毛にリボンをつけてみたりして、しばらくごそごそしている。きっと、そうすると緊張が解けて落ち着くのだろう。今日はウー太がリボンをポイと捨ててしまったので、小鳥ちゃんはあきらめて僕の髪にリボンを結んだ。小鳥ちゃんがそれで落ち着くのなら、かまわないけれど。
小鳥ちゃんは不思議だ。
壊れそうに儚いくせに強靭。
いつも一生懸命なのに、どこか冷めた目で世界をみている。
独りでいることが好きなようにもみえるし、寂しくてふるえているようにもみえる。
このままいけば、小鳥ちゃんはドラッグ無しでも、飛べるようになるかもしれない。
そうしたら、もしかしたら、どこか遠いところへ飛び立ってしまうのだろうか。
僕の手の届かない所へ。
小鳥ちゃんは僕の頭に上手にリボンを結ぶことができて満足したのか、ブリッジから出ていった。
こんなことを―頭にリボンをつけられて喜んだり―している場合じゃない。
忙しい。
疫病の情報収集。
病人が出たときの対応策のシミュレーション。
病人が出たときの準備。
空調設備の打ち合わせ。
「ビッグマザー」乗組員に対する疫病の説明。
そして、普段のルーチンワークや病人の診察。
もうじきにハズレの星に着く。
病気は待ってくれない。
艦内に患者を出すつもりはない。
一人も。
僕は頭にリボンをつけたまま仕事に戻った。
・・・・・・・・・・・・
ジーンさんのお手伝いで、トラックの運転を繰り返し行う。他の作業員も一緒だ。
空調の配管を組み替えるために必要な操作らしいけれど、私はジーンさんのいうとおり動かしているだけで、何がどうなっているのかさっぱりだ。
ジーンさんのお手伝い兼、宇宙に出る訓練、と思ってやっている。
誰もいないときをみはからって、格納庫の戦闘機もチェックした。
戦闘機には乗れない。
ただ、格納庫に鎮座している戦闘機を見あげるだけ。
それでもいろいろな戦闘機があって面白い。
裏ルートで入手したと思われるマニアックな戦闘機から量産型まで、各種取り揃えてある。
プーランクの戦闘機もある。
また、飛ぶ日は来るのだろうか。
ドラッグ無しの今の私にできるのは、トラックの運転と、オモチャみたいな年代ものの戦闘機シミュレーターで操縦ゴッコをすることだけ。
ため息が出そうになるのを飲み込む。
シンは忙しそうだ。
もうすぐ着くハズレの星での疫病情報をもとに過剰とも思える対策を練り、指揮をとっている。
「ビッグマザー」の艦内の空調を全艦循環型から各ブース独立型へ切り替えさせ、病人用の隔離施設から、ハズレの星から乗ってきた人用の部屋まで別に作っている。
そうこうするうちに、ハズレの星に着いた。
シンの決めたとおり、ハズレの星から乗船した人は病気の診断がつくまで、隔離部屋で生活してもらう。大した混乱もなかった。ハズレの星から乗船した人々の内、一家族が感染していたが、いずれも軽症で済み、2週間後には普通の生活に戻った。
なんだ、そこまで大騒ぎする必要なかったよ、と思っていたけれど、その後、しばらく不気味なニュースが立て続けに流れた。
無人の漂流船。
正しくは、生きている人が乗っていない、漂流船。
小さな宇宙船などは医療設備も整っていないし、空調の隔離などもできない。
一人でも疫病の者が船に乗り込むと瞬く間に全員感染してしまう。
長期間無菌状態に慣れていた所に急に強力な病原が入り込む。艦内には大した医療設備も無い。しかも、医療施設のある場所に寄港しようにも、相手側があれこれ条件をつけたり、拒まれたりで、手遅れになる。
その、慣れの果の残骸が宇宙を漂流している。
寒々とした話だ。
設備が整った大型船でも多くの病人が出たり、老人や子供など死者が出ている模様だ。
シンが躍起になってやっていたことの意味がようやくわかった。
「ビッグマザー」は疫病の本拠地である「ハズレの星」と直接やりとりし、病人家族まで乗せている。それで一人も新たな患者が出なかったのはシンが不眠不休でがんばったおかげだろう。ハズレの星から出航し、最後の疫病家族が完治したその日、ようやくシンはフラフラと自室に引き上げて行った。