2 宇宙での仕事
艦内の空調を、循環型空調から各ブース独立型空調に切り替えるため、家畜達を一時的に巨大コンテナに移し、「ビッグマザー」から外に出し、宇宙に浮かべておくことになった。
私は思いきって、コンテナを宇宙に運び出す作業を手伝うことに、つまり、ドラッグ無しで宇宙に出ることにした。作業はジーンさんが指示しながら見守っていてくれるし、宇宙に出るといっても、母船の「ビッグマザー」のすぐ横で行う作業だ。
これくらいなら、なんとかできそうだ。
時間にして、三十分。
コンテナとトラック(コンテナを牽引する乗り物)をつなぎ、トラックに乗り込む。
ハッチが開き、宇宙がみえる。一瞬ひるみそうになるが、慎重にトラックを運転し、「ビッグマザー」のすぐ横にコンテナを浮かべ、固定していく。
コンテナの中には私が世話してきた鶏さんたちがいっぱいいるはずだ。
ジーンさんの命令アナウンス通り、作業を終える。
あまり宇宙の方を見ないようにして、「ビッグマザー」に戻る。
できた。
丁寧にトラックを格納庫の定位置にもどす。
最後が肝心だ。
最後まで、集中して。
ドラッグを使っていたころは、めちゃくちゃやっていた。
もちろん、「アース」の造りが軍事用に徹底していたのもあるが、戦闘機で宇宙からそのまま艦につっこみ、定位置に1cm違わず停止する。神業といわれることを次々やってはみんなとゲラゲラ笑っていた。正規職員達のキモをつぶし、それでいて完璧な仕事をするのは快感だった。
まさか、トラックを運転する日が来るとは思わなかったが、仕事は仕事だ。ドラッグ無しで宇宙に出て作業して戻ってこれたのだ。
進歩のはず。
私は自分を納得させて、トラックをおりる。
「ミアさんだろ、あれ。プーランクのデザートイーグル」
「あの凄腕の? 体の故障治ったんだね。そりゃ、是非ウチにきてもらわないと」
「プーランクのアレン・シーモア少佐の恋人だって?」
戦闘機乗りの連中がたむろしていた。
私の方をみて、勝手な事をいっている。
戦闘機の格納庫も、トラックの格納庫も隣り合っている。
ちょうど戦闘機乗りの訓練が終わった後だったらしい。
なるべく戦闘機乗り達の顔を見ないようにして歩く。
緊張が解けたのか、足に力が入らない。
早く、戦闘機乗り達の声の届かない所に行きたい。
「ミア? 宇宙に出たのか?」
驚いたような声が追いかけてきた。
ルークの声。
力の入らない足で、壁を伝うように振り向かずに歩く。
手足が氷のように冷たくなっているのがわかった。
「ミア、トラックの運転ご苦労さん」
ジーンさんが迎えに来てくれた。
ジーンさんにはドラッグの経緯を全て話してある。
心配して迎えに来てくれたらしい。
ふらつく私をさりげなく支えてくれる。
「大丈夫か?」
ジーンさんにきかれて、大丈夫と答える。
たかが、コンテナをちょっと移動させただけでめげるわけにはいかない。
私は高速で飛びながら、前後左右上下の敵機を同時に見極め、自由に攻撃できる神機だったのだ。
悔しかった。
窓の向こうの宇宙を睨みながら、悔しくて、涙が出た。
たかがコンテナ数百メートルの移動でふらふらになって。
毎日笑いあっていたルークの声だけで、動揺して。
「ミア、苦しいのか?」
ジーンさんが心配していう。
「違う。悔しいだけ」
「そうか」
ジーンさんがいった。
大丈夫。
まだ、いける。
こんなところで、こんな気持ちのまま、終わるわけにはいかない。
ご飯が食べられて、安心して眠れる場所を得たのだ。
行くべき場所や、帰る場所を見失ったぐらいで。
そんなもの、もともとなかったのだし。
ブリッジに戻ると、シンがウー太にもたれてうたた寝していた。
ウー太もすぴすぴと眠っていた。
2匹はぼんやりと明るい光に包まれているようにみえた。
平和で愛しい光景だった。