7 終わり
毎日、忙しかった。
ルークも私も忙しくて、ちょっとしか顔を会わせていなかった。
別々の場所で働いていたし、行動時間がずれていた。
そんなことは今までにだってよくあった。
でも、体を動かして、美味しいごはんを食べて、ぐっすり眠れる。
私には天国だった。
農場での作業を終え、くたくたになって食堂に行く。
体を動かすとお腹が減る。
「よぉ、大将、食事か?」
大将が立っていた。
「はい。」
朝昼晩と食堂で食事が出る。
簡易キッチンもあるので、自炊している人もいるけれど、私は全食、食堂で食べている。食堂の食材の生鮮食品のほとんどは艦内で作られている。
私が一生懸命世話している鶏さんたちも、そのうちオカズになっちゃうのだ。あーめん。
大将と並び、食堂のテーブルにつく。
少し遅い時間なのでわりと空いている。
「ミアはちっこいのによく食うな」
大将は感心したように私を見るけれど、大将のような大食漢に言われたくない。
ふと、大将が眉間に皺を寄せて離れたテーブル席を見ているのに気づく。
「?」
ルークがいた。
すぐ隣には、女の人がいた。
2人は資料を広げ、話し合っている。
「ルークが技術指導をしているマーガレット・ハニガンだ」
大将は説明するようにつぶやく。
「技術指導?」
「ああ。ルークはどんな戦闘機でもすぐに乗りこなせるから、若手の指導をお願いしている。マーガレットは戦闘機の操縦はまだ半人前だから、ルークに指導を頼んだんだ」
大将は「ビッグマザー」の自衛・警備の総括をしている。
ルークも大将の元で、戦闘機乗りとして働いている。
今は特に危険な状況もなく、戦闘機が出動するような事態にはない。
大将がルークにマーガレットの指導を頼んだ、ということなら2人が一緒に食堂にいるのは不思議なことではない。
けれど、大将の眉間の皺は、おそらくルークとマーガレットの距離が異様に近いことにあるのだろう。
2人を見たときに、一瞬違和感を感じた。
今までのルークには無い、親密な空気。
大将も同じことを感じたのだろう。
大将の視線に気が付いたのか、ルークが顔を上げ、手をあげた。
女の人、マーガレット・ハニガンさんも顔をあげてニコっと笑った。
私とルークも、戦闘機の乗り方の技術指導の生徒と先生だった。
私はもう戦闘機には乗れない。
ルークは真面目で良い人だ。
技術指導も丁寧に、真剣にやるはずだ。
自分ではどうしようもできない時間が、経っていくのがわかった。
次に見たときも、その次に見たときも、2人は一緒にいた。
一緒にいる、というよりは、寄り添っている、といった方が正しいような。
自分達が一緒にいたときとはまるで違っていた。
自分達は生き抜くための同志だった。
ただただ、生き抜くために互いの存在を拠り所にしていた、とでもいうのか。
ほとんど分身ともいえる相手に憧れとか、そういったものを抱くことはない。
恋愛は未来を想う気持ちだと思う。
憧れや未知も未来だと思う。
明るい未来を思い描ける環境の中で、お互いを知りあっていけるのか、
絶望に押しつぶされそうな中で、お互いの何もかもを共有してしまったのか。
その差は大きかったのかもしれない。
誰より大切な相手だけれども、恋愛には必要な何かをどこかで壊してしまったのかもしれない。
そして、新しい恋はやっぱり、同志愛などよりも勢いがあるし、強いのだ。
いろいろな何かが壊れていくのを目の当たりにしても、何もできなかった。
大将はときおり、心配そうに私をみたけれど、何もいえなかった。
ルークはもう、一緒に家族部屋に移ろうとはいわなかった。
カードが揃えば、物事は簡単に変わっていく。
それから、ある日、突然にルークからいわれた。
彼女が、マーガレット・ハニガンさんが妊娠していて、結婚するつもりだと。
とっくの昔に2人は公認の恋人で、私はかやの外だった。
ごめん、と謝られたけれど、それはおめでとうと返すことしかできなかった。
艦内の明るい雰囲気の中、ルークとマーガレット・ハニガンさんの結婚が伝えられ、家族部屋へのお引っ越しがあり、お祝い会があった。
今まで会ったことの無い戦闘機乗り達が、大騒ぎしながら2人を祝福していた。
ある程度の事情を知っているのは、大将と、カーラ艦長と、シンだけだ。
面接に参加していたレントン博士もだけれど、博士はいちいちそんなこと覚えていないだろう。今日のお祝い会も最初の乾杯に顔を出して、後はいなくなっていた。
大将は、自分がマーガレットさんの指導をルークに頼んでしまった事を気にしていたけれど、そんなことをいっていたら、キリがない。
カーラ艦長は生きていればいろんなことがあるさ、とつぶやいた。きっと、すっごくいろんなことがあったんだと思う。
シンは何もいわなかった。
ウー太はいつもと変わらず、ご機嫌でバナナを食べていた。
マーガレットさんはルークの隣で綺麗だった。女らしい魅力的な体型をしている。
私は自分の体を見下ろす。
成長期にドラッグを常用していたせいだろう。
子供のような体形だ。
たぶん、この先もそう変わらないだろう。
だらだら続くお祝い会を抜け出し、自分の部屋のベッドの上で膝を抱えて座っていた。
とても静かだった。
ルークのことを大切に思っている。
でも。
ルークはこれからはマーガレットさんを大切に守っていくのだろう。
ルークの中にあった自分の存在意義が消えてしまい、自分を見失いそうになる。
行くべき場所も、帰る場所もないけれど、立ち止まれる場所もない。