4 惑い2
少佐視点です
ミアが囚われた船「ビッグマザー」の渡航ルートはわかっている。概ね3つのコロニーを順番に巡回している。自分の日程と、星やコロニーを結ぶシャトル便などを考慮し、「ビッグマザー」と接触できる場所と時間を割り出す。永世中立衛星ロペへ寄港しているのが20日。これを逃せば、もうミアと会えない。行ったところで、ミアと会える保障もないが。
永世中立衛星に寄港している間は、どの国のどの船も自由に連絡をとりあえるようにしておくことが義務付けられている。本国どうしが開戦していても、ここでは一時休戦しなければならない。それゆえ、重要な国際会議や、スポーツ祭典、学会など数多くのイベントがここで行われている。
「ビッグマザー」の公用メールに用件を書き込むとすぐに許可の返事がきた。少し驚く。緊急回線を使用しなければ、連絡すらとれないと思っていた。
「ビッグマザー」が停泊している「スカイタワー」という建物のロビーでミアと会えることになった。あっけなさに驚く。これなら無理して捕虜交換などする必要もなかった。女医のルーナはこういったことも見通していたのだろうか。停泊しているのが、永世中立衛星でなければ会えなかったのかもしれないが。
エレベーターの扉が開くたびにミアが出てこないか見ていた。
エレベーターの扉が開いた瞬間にミアがいるのがわかった。
目に飛び込んできたミアは、自分の知っているミアとは随分違っていた。
青白かった頬は、ほんのりと桜色になり、少しふっくらしている。どことなく影のあった瞳も真っ直ぐで強い光を帯びていた。
ルーナ女医は無事だろう、といっていたが、拷問でもされていたらと思うと気が気ではなかった。が、ミアを見る限り、暗い影は一切見当たらない。逆に健康になった、といって間違いないだろう。
細いミアの体を抱き寄せると、前より肉がついているのがわかった。
しっかり食事をとれているのだろう。
ミアの腰に手をまわしながら、自分が来たことの無意味さを悟った。
自分がいなくても、ミアは幸せになっている。
ルークにも会ったのかもしれない。
ルークの事を尋ねると、言葉を濁した。ルークのことを聞いてこないということは、ルークと連絡をとっているか、もう会っているかのどちらかだろう。
あまりミアは自分の事を話したがらなかった。俺を敵艦の人間、と見なしているようだから、こちらに戻る気も無いのだろう。ドラッグを使って恐怖を沈め、危険な任務ばかりおしつけられ、かといって昇進や昇給とも全く縁が無く、未来も無い。無理やり流動食で食事をし、たまに暇になるといつもネコとネズミのおっかけっこのアニメをみている。いつも同じアニメだ。
そんな場所に戻りたいはずがない。
自分はミアを救い出せると思っていたし、救わなければならないと思っていた。
自分のそばに置き、守り、愛するつもりだった。
ミアからドラッグを取り上げたら、パニックになって宇宙に出られなくなる、というのは実証済みだ。難民の飛べない戦闘機乗りを「アース」に滞在させる理由が無い。それでもミアを守り、そばに置くには法的に自分のものにするしかない。そうすればいいと思ってここに来た。でも、ミアは守る必要もなく、救う必要もなく、自分の足で真っ直ぐに立っているように見える。
奇妙な少年がミアを迎えにきた。
頭にサルを乗せた少年だ。
「帰ろう、小鳥ちゃん」
少年の声は小さいけれど不思議とよく響いた。
なぜか、かなわない、と思った。
信仰心はあまり篤い方ではないし、聖職者など胡散臭い者も多いと思っている。それでも、一度だけ本物の聖職者にあったことがある。物静かな老人だったが、その老人の周りの空気だけ、他とは違っていた。静かで優しい明るい空気をまとっていた。
少年は何故かあの聖職者を思い出させた。
少年がまとう澄んだ明るい空気はあの聖職者とよく似ていた。
「帰ろう? 小鳥ちゃん」
少年はもう一度言った。
ミアの手を少年とサルがとり、一緒に帰っていってしまった。
お伽噺のワンシーンをみているような、不思議な気分だった。