3 惑い1
惑星ロペの寄港は20日間の予定だ。
その間に必要な荷の積み下ろしや、色々な渡航手続き、人の乗り降りがあるらしい。
出航まであと2日というとき、大将が困惑した顔でやってきた。
「ミア、お前と会いたいという面会申し込みがきているんだが。アレン・シーモア少佐だ。どうする? もうすぐ出航だし、理由をつけて断ることも可能だが」
少佐が・・・?
何かの感情が滑って行くのを感じるが、つかむことができない。
私は完全に「ビッグマザー」に馴染んでいた。「アース」に戻りたいとは微塵も思わない。
「あの男もたいがいしつこいな。ことわっちゃおうか?」
大将はいう。
アレン・シーモア少佐。「アース」の正規職員の中で、彼だけが私の健康を気にかけてくれた、というか人間として見てくれた。自分の抱いた女が翌日に敵艦の捕虜になったら、気にはなるのかもしれない。元気だといえば、安心するのだろうか。でも、なぜか、会うのが怖い。
「機密とか、そういう意味で、敵艦の人と会うのは不味くないんですか?」
「そうはいっても、ここは永世中立惑星だからな。ここに寄港している間は、自由に連絡がとりあえるようにすること、諍いを持ち込まないことが義務付けられている。領空侵犯で多少トラブルがあったが、プーランクとウチが開戦しているワケでもないし、何処の国の誰と会おうと問題ない。ただ、乗船メンバー等しゃべられると困ることもあるが・・・。特にプーランクの連中には・・・」
大将はいいよどむ。
亡命とか、追われている人とか、いろいろ事情があってあまり内情をばらされるのはマズイのかもしれない。
「こちらの船のことは、一切もらしません。でも、少しだけ、会って話してもいいですか」
私が言うと、大将は心配そうな顔をした。
「付き添った方がいいか?」
・・・それは・・・。
私は首を横に振った。
「いって、すぐ戻ってきます」
「わかった。・・・申し訳ないが、通信記録を付けさせてもらう。」
私は頷き、小さな端末を受け取る。
スカイタワーのロビーに少佐はいた。
エレベーターが開いたとたんに、少佐の姿が目に飛び込んできた。
何かの感情が湧き上がるのを感じるけれど、それが何かわからない。
少佐は流れるように歩いて私のそばまでくる。
「無事だったか」
少佐はまるで恋人にするかのような自然な動きで私の腰を抱いた。
「・・・・・・」
「心配した。捕虜交換も、ミアではなく戦闘機が帰ってきてしまったし。でも・・・、元気そうだな」
そういって、少佐は私の頬を撫でた。
「傭兵隊長のルークには会ったのか?」
そういわれて、これは「ビッグマザー」側の機密にかかわることなのだろうか、と心配になる。話してはいけなのかもしれない。
「ルークはお前が囚われたあと、退職届を出してやめてしまったが」
少佐は私の目を覗き込んでくる。
暫く答えを待っていたようだが、私が沈黙しているので、あきらめたように息をついた。
「いこう」
少佐は私の肩を抱いて、歩き出した。
「ちょっと、待って。どこへ?」
私はそういって少佐を見あげたが、少佐は不機嫌な顔をした。
「どこだって、いいだろう。少し、歩こう」
半ば引きずられるように、少佐についていく。
「・・・少佐?」
しばらく少佐は無言のままだった。
スカイタワーから出るつもりらしい。
「戦闘機が戻ってきたのは、ミアの意志なのか? ミアはもう、「アース」には戻りたくなかったのか?」
そういわれて、少佐が無理をして私を呼び戻そうとしてくれていた事実に思い当たった。捕虜交換の話があった時、単純に驚いただけだった。
でも、考えればわかることだった。
ベビードールとからかわれている傭兵と一夜を過ごし、その傭兵が敵艦につかまったのを取り戻そうとした。それがどれほど大変なことか。嘲笑や侮蔑。特に少佐のようなエリートとよばれる男への風当たりは相当に強かったであろうことは想像に難くない。
「・・・飛べないんです。戦闘薬なしじゃ。でも、体ももうぼろぼろで。もう、戦闘薬を長く使える状態ではなくて。だから、もどっても、もう」
私に居場所はなかったんです。
言葉を飲み込む。
少佐は少し遠くをみる目をした。
「・・・・今は、どうしている?」
この答えも難しい。
「戦闘機乗りとは別のお仕事をしています。でも、ほとんど食べさせてもらっているだけかも」
私がいうと、少佐は歩みを止めた。
「誰に? 誰か知り合いがいるのか?」
私は戸惑った。
少佐は私が個人的に誰かに面倒をみてもらっていると思っているのだろうか?
「アース」には空母としての役割があり、乗組員は階級がすべて決まり、仕事も何もかもきちんと割り振られ、給金に対し労働していた。「ビッグマザー」は全く違う。あれは、たぶん一つの村だ。脛に傷を持つ者同士が身を寄せ合って暮らしているような、へんてこな。
何を、どこまで話していいのかよくわからない。
「誰、ということはなくて・・・。その、あまり話せないんです。少佐は一応、敵の艦の方だから。少佐のお話を聞くことも、私の話をすることも、お互い困ることになるだけだと思うから」
そういって、私は小さな端末を取り出してみせた。小さな端末は私のいる場所や、会話など、全て「ビッグマザー」で傍受することを可能にする。少佐なら端末をみれば、それが何を意味するかわかるだろう。
「敵ね。俺が?」
自嘲するように少佐が笑った。
「少佐は、敵じゃ、ありません。でも・・・」
でも、なんだろう? 自分で自分がわからない。
「いいよ。ミアは前よりずっと元気そうだし、生き生きとしている。ただ心配だっただけだ。敵艦に捕えられたミアがつらい目にあっていないか、気が気じゃなかった。それだけだ。杞憂ならそれにこしたことはない」
私の言葉を遮るように、つきはなすように、少佐はいった。
スカイタワーの周りには、ホテルや公官庁、ショッピングモールなどの高層建築物が所せましと建っている。その間を縫って、日当たりの悪い露地に小さな公園や市場、取り壊しかけた建物にテントを張っただけの簡易な住居などが雑居している。
スカイタワーと、ホテルやショッピングモールが入った建物をつなぐ渡り廊下の途中で私達は向き合って立ち止まっていた。
無理をして私を「アース」に呼び戻そうとして、こうして今も心配して会いにきてくれた。
簡単なことじゃない。
でも、どうしてそこまでして。
少佐を見あげて、不意に理解した。
つきはなすような口調とは裏腹に、グレイの瞳は私を見つめていた。
逃げなきゃ。
卑怯な自分が思ったのはそれだけだった。
抱きしめられたら、落ちる。
少佐の腕の中に。
でも、少佐に連れて行かれる場所に、私の居場所は、無い。
そう思っても、動けなかった。
馬鹿みたいにずっと少佐を見あげたまま、動けなかった。
腰にまわされた手に力が入るのがわかっても。
「一緒にくるか?」
いつもの低い声で少佐はいった。
いくら考えても、少佐と一緒にいる自分が思い描けない。
どう考えても、「アース」に自分の居場所があるとは思えない。
「飛べないなら、宇宙へ出るのが嫌なのなら、地上で待っていてくれ。プーランクの首都に俺の家がある。そこで・・・俺を待っていてほしい」
あの夜を思い出す。
怖くて気が狂いそうな夜。
少佐は温かかった。
力強い心臓の音と温もりは私を落ち着かせた。
もし、心臓の音で雄を選ぶなら、私は間違いなく少佐を選ぶ。
でも・・・。
知らない国の、知らない場所で、ポツンと、少佐の温もりを待つ自分がわからない。危険な任務を常にこなし、いつも忙しい少佐を待つ自分が思い描けない。幸せな構図が思い描けない。本当は違うのかもしれない。面白おかしくプーランクで暮らせるのかもしれない。でも、どの未来もどうしても思い描けなかった。
少佐と自分が一緒にいる未来がどうしても思い浮かばない。
ウー太や、シンや、カーラ艦長や、ルークや、農場の牛と一緒にいる未来はカラフルに思い浮かぶのに、「プーランク」も「少佐」も灰色の混沌の中に沈んでしまう。
身分が違うから、というのではなく。
生まれた国が違うから、というのでもなく。
たぶん、生き方が、生きる世界がまるで違うのだろう。少佐とは。
たとえ、同じ戦闘機乗りだったとしても。
私は首を横に振った。
「無理です」
そういいながら、淋しくて仕方なかった。
泣きそうだった。
心のどこかで連れて行ってくれ、と泣き叫んでいた。
少佐の両腕に力が入り、抱き寄せられるのがわかった。
「帰ろう、小鳥ちゃん」
ふいに後ろから声がして、少佐の手が緩んだ。
シン?
シンはオラウータンのウー太を背負って立っていた。
窓から差し込む光が、シンの金色に近い髪とウー太の赤い毛をやさしく照らしていた。
ウー太は器用にシンの肩のあたりに重心を乗せ、シンの頭の上にちょこんと頭を乗せている。
ウー太は私に気が付くと、するするとシンの背中からおりてきた。
「帰ろう? 小鳥ちゃん」
シンはもう一回言って、手を差し出した。
ウー太はよたよた、ごそごそと近づいてきて、当たり前のように私の左手を握った。
私は、ウー太とシンに両手を握られて、強制送還されるみたいに、「ビッグマザー」に戻った。少佐は、もう何も言わなかった。ただ、私が連れて行かれるのを黙って見ていた。心が引き裂かれるような気がした。
私はその日、泣いた。
ずっと、泣いていた。
どうして泣くのか、よくわからなかった。
自分の部屋に閉じこもって泣いた。
シンは締め出したけれど、ウー太は締め出しそこねたので、ずうっと横にいた。
朝起きると、頭がいたくて、ぼおっとした。
横にはウー太がすやすやと平和に眠っていた。