2 面接
ルークと手をつないでもどると、「ビッグマザー」の玄関スペースで出迎えがあった。
大将と、オラウータンのウー太。
「よお、お帰り。お前が傭兵隊長のブルーバロンか。戦陣を切り裂く一筋の・・・」
何そのネーミング。今度はどっからとってきたのやら。
大将の相変わらずのセンスにウンザリしていると、ウー太が私とルークの間に突進し、割り込んできた。
「ぎゃぶ~」
ウー太は何故かご機嫌斜めだ。
「ウー太におみやげたよ」
買ってきた黄色い爽やかな香りのする果物をあげたのに、匂いを嗅いで、ポイ、と捨ててしまう。
「ウー太、ひどい。せっかく買ってきたのに。果物、好きでしょう?」
ウー太は私の言葉も、黄色い果物も無視して、嬉しそうに私の手を握る。
ウー太は私をみて、シシシ、と歯を剥き出して笑った。
玄関スペースを抜け、エアシャワーと簡易消毒の部屋を抜けるとシンが待っていた。
「小鳥ちゃん、おかえり」
にっこり笑って言うシンを、ルークは怪訝そうに見た。
「小鳥?」
「私のことよ。ドラッグなしじゃ飛べない小鳥」
説明すると、ルークは不機嫌そうな顔をした。
ルークには「小鳥ちゃん」の愛称は不評らしい。デザートイーグルよりはよっぽどいいし、私は気に入っているのだけれど。
「あなたが、ブルーバロンさん? はじめまして。あなたの健康診断を担当するシン・ジルフィードです。さっそくだけれど、検査室にきてもらえる?」
シンはルークに向かって言うと、さっさと部屋を出ていく。
ルークも仕方なくその後についていった。
ウー太がルークの後ろ姿をみて、シシシ、と笑った。
・・・・・・・・・・・・・
ルークの面接は立ち合い自由、ときいて、私も一緒にいることにした。
健康診断の結果は良好ということで、クリア。
ドラッグ漬けの栄養失調の私でもOKだったしね。
面接は、大将と、カーラ艦長と、もう一人いるらしい。
面接用の会議室には既にルークが落ち着いた表情で座っていた。
ルークは大抵のことには動じない。
目の前で故郷のコロニーが爆発したのをみてるし、何度も死にかけてるし。
「ブルーバロンって、またお前の書き込みか! 余計な事、かくんじゃない」
手元のモニターをみていたカーラが大将をどついた。
「まあまあ」
品の良いおじさん――レントン博士、とカーラ艦長が呼んでいた――が、とりなす。
「じゃあ、さっさと終わらせるぞ」
始めるぞ、じゃなくて、終わらせるぞ、というところがカーラ艦長らしい。
「ルーク・アロンソ。ファーストコロニー出身。難民登録済み。これでいいか?」
カーラがモニターを読み上げる。
「はい」
「特技は?」
「個人用戦闘機の類はたいていどの年代のものも乗りこなせます。機械整備も少々。」
ルークが落ち着いた表情で答える。
「腕前は大将が直接みているし、問題ないな。あとは乗船理由と乗船期間だが・・・。乗船理由はミアがいるから、だったな。期間もミアがいる間ずっと、か。ミアが他の男に盗られたらどうする?」
な、何いってんの、艦長。
「盗られる、とかミアはものじゃありませんから。ミアはミアです。同郷のとても大切な人です」
ルークは落ち着いた表情を崩さない。
「へー、余裕。ミアを大好きな奴いるんだよ。この前なんか、一緒にお風呂入っていたらしいな」
大将。それは、ウー太のことですね。
「え・・・お風呂? それは・・・」
戸惑ったルークが私をみている。
「オラウータンのことでしょ!!!」
私が立ち上がっていうと、レントン博士はやれやれ、といった様子で立ち上がった。
「私はルークの乗船に賛成ですよ。後は、好きにしてください。研究が途中なので、失礼しますよ」
呆れ顔でそういい、レントン博士は部屋を出て行ってしまった。
カーラ艦長が大将を睨む。
「お前、アホか。もっと真面目にやらんかい! まあいいか。どうせ採用予定だったし。なにせ、万年人手不足だからな。大将、ルークに戦闘機や格納庫、みせてやれ」
あっけなく艦長はそういうと、大将とルークを部屋から追い出した。
面接終了?
いいの?こんなんで。
「いいな。好きあってるって」
カーラ艦長は笑いながら私の鼻を指でつっついた。
ちょっと、驚く。カーラ艦長にそんなことを言われるとは思わなかった。
「すきあってる、のかなあ・・・?」
素直な気持ちが口から出る。
「違うのか?」
カーラ艦長の少し低めのハスキーボイスは耳に心地よい。
「ただ大切なんです。お互いに。もうない故郷や、昔の楽しい記憶の代り、みたいな。だから、恋愛とか、そういうのと少し違うかもしれない。故郷を愛する気持ちと同じ。もうないだけに、一層強くなってしまっているだけ」
カーラ艦長は、少し笑った。
「素敵な故郷だったんだろうな」
私は躊躇する。
小さい頃から、戦闘機に乗る訓練をしていた。
両親もいた。
みんな、忙しかった。
破滅に向かって。
私の中で、確かに大切な故郷だし、大切な思い出だと思う。それでも今より大切なときはないはずだと思うし、そう信じたい。ルークの真剣な眼差しは過去に囚われすぎているような気がして、ほんの少し息苦しく、寂しく感じることがある。
今の私ではなく、私を通して、もう決して蘇ることの無い故郷ばかりをみているようで。
「そうか、ファーストコロニーはもうないのだったな。ごめん・・・。軽率だった」
カーラ艦長は謝ってくれたが、それも、違う。
「いいえ。カーラ艦長の故郷はどこですか?」
少し、気分を変えるようにいう。
「ああ。地球だ。青い宝石といわれる」
そういって、艦長は微笑んだ。
微笑んでいるのに、淋しい顔だった。
この船、いーっぱい後ろ暗い人が乗ってるから、といっていたシンの言葉を思い出す。艦長も遠い所に何かを置いてきた人なのかもしれない。
艦長はニコリと笑って私の頭にポン、と手を置く。
「幸せになろうな」
プロポーズのようにクサいセリフをはく艦長に噴出した。
「はい。幸せにします」
ルークを。ウー太を。シンを。艦長を。