2 少佐1
「悪いね。話しかけても全く気が付かないから」
勝手にモニターをOFFにした男は全く悪いと思っていない口調でいう。
アレン・シーモア少佐?
私は眉をしかめた。
どうして少佐が一般用娯楽ルームへ?
VIPルームの方へ行けよ。
少佐も戦闘機乗りで、正規職員のくせに前線に出る数少ないメンバーだ。
戦場で指示を出すのは正規職員だが、一番危険な前線で戦うのは傭兵がほとんどだ。
正規職員が前線へ出ることは少ない。
少佐とは何度か一緒に戦っている。
若くして少佐になるだけあって、戦闘機乗りとしての腕は神レベルだ。でも、一緒に闘うといっても戦闘機に乗っているので顔を突き合わせておしゃべりするわけじゃないし、私の直属の上司は少佐ではなく、傭兵隊長のルークだ。だから、顔を見ることはあっても、少佐と直接話をすることなんてほとんど無い。
少佐が何の用だろう?
私は眉をしかめたまま、少佐を見あげた。
かなりデカい。190cm近くあるんじゃないだろうか。
軍人らしい堂々とした体躯に、黒髪にグレイの瞳の整った甘い風貌。
でも、戦闘機に乗るのにデカい体は邪魔なだけだ。
ま、私のように小さすぎても戦闘機のカスタマイズに手間取るけど。
少佐は隣の椅子に腰を下ろすと私の顔をまじまじと見た。
「ミア、また戦闘薬を使ったのか?」
名前を覚えられていることにも驚いたが、戦闘薬の事がバレているとは。
あの口軽女め。
白衣を着た色っぽい女医、ルーナに頭の中で悪態をつく。
戦闘薬はルーナ女医からもらっている。
少佐は私の顎をぐいとつかんだ。
「少し痩せたんじゃないか?」
戦闘薬を常用すると食欲が落ちる。
流動食でなんとかごまかしていたが、少し痩せたかもしれないって、そんなことまでわかるはずがない。少佐とはそんなに顔をあわせていないのだ。
「もう、薬は止めろ。お前の体が心配だ。ちゃんと食べているのか? 流動食だけじゃ、筋力が落ちるぞ」
そういって、少佐は私の大嫌いな白髪を指で梳いた。
じっと目を覗き込んでくる。
私は目を逸らした。
私は自分の目も髪も大嫌いだった。
昔は綺麗な黒髪だったのに。
目も。
昔、視力補正のために手術を受けさせられた。
そのせいで、黒目は光が当たると銀色に反射してしまう。
いってみれば、目だけは機械が入っているので、分類的には一応サイボーグだ。
私の他にもいろいろな部位を強化しているサイボーグはいる。
でも、人工知能を搭載した人型の完全なアンドロイドはほとんどいない。
便利な機能は普通に機械として設備に付属させた方が使い勝手がいいし、頻繁なメンテナンスと高額な維持費用がかかるアンドロイドに需要が無いのだ。
唯一作られたアンドロイドの用途は言わずと知れたエロ専門のセクサロイドだった。
最悪な事に、制作数の多いセクサロイド「ベビードール」――当時流行っていたバーチャルアクトレスがモデルだった――が、白髪だったのだ。そのせいで、白髪はセクサロイドを連想させるらしく、卑猥な言葉をかけられることも多い。だから私は自分の容姿が大嫌いだ。
私はガタン、と音をたてて席を立った。
少佐を無視して、自分の個室に戻るつもりだった。
上司を前に失礼な事はわかっている。
でも、傭兵の仕事は完全な契約で成り立つ。
契約勤務時間以外は無視してかまわない、と私は思っている。
心象を悪くして雇用継続を打ち切られる可能性はあるが、まず、大丈夫だろう。
戦闘経験が豊富な優秀な戦闘機乗りはあまり多くない。
しかも私は「アース」に搭載してある戦闘機に慣れ、癖もよくわかっている。
必要な人材のはず。
少佐は驚いた顔をして私の腕をつかんだ。
「ミア? 心配しているんだぞ」
私は腕を振り払った。
「勤務時間内の命令なら受けます。勤務時間外のおせっかいは必要ありません」
ドラッグは止めろ?
止めたら戦えなくなる。
そうなれば、首にするくせに。
心配している?
笑わせないで。国営船にジャンキー(薬物中毒者)が乗っているのが困るだけでしょ。
ピンポンパンポーン♪
間抜けなアナウンス音が流れる。
『居住スペースC1からE3を燻蒸消毒します。三時半から六時半まで、立ち入らないようにしてください。繰り返します・・・』
ついてない。
部屋に戻って昼寝するつもりだったのに。
私は仕方なく、娯楽ルームの一番端のソファに横になって目をつぶった。