10 女艦長カーラ
「小鳥ちゃん、体調も良さそうだし、そろそろ居住スペースに移っていいよ。空き部屋が幾つかあるはずだから大将に案内してもらって」
シンが壁に取り付けてあるボードのボタンを押した。
ピンポンパンポーン♪
間抜けなアナウンス音が流れる。
この船も同じアナウンス音なのか。もしかして、これ、宇宙共通?
「大将、暇なら救護室にきてください。大将、暇なら救護室にきてください」
シンの声が艦内にこだまする。レトロな感じだ。
「大将、ってこの前来た角刈りのオジサンだよね? 本当に大将って名前なの?」
私が聞くと、シンは笑い出した。
「大将の本名は、イリヤ・何とかで、地球出身。あの人、誰にでも『よお大将』って呼びかけるから、みんなに『大将』って呼ばれている。この船は、亡命してきた人とか、脱獄してきた人とか、ヤバい組織から追われてる人とか、いーっぱい後ろ暗い人が乗っているから、本名を隠してあだ名で呼ぶことも多いんだ」
・・・かなりアヤシイ船だ。
「僕は小鳥ちゃん、って呼んでいるけど、本名でも偽名でも構わないよ。まぁ、小鳥ちゃんの場合、アレン・シーモア少佐がミアを返せ、ってうるさかったから、ミアって名前、ばれちゃってるけど」
シンと話している内に、どかどかという足音が聞こえてきた。
「よぉ、大将! なんか用か?」
大将は暇だったらしい。
「小鳥ちゃんにお部屋紹介してあげて。使える空き部屋あったよね?」
シンがいうと大将はグッと親指を立てた。
「おう! 日当たりは悪いが、なかなかいい物件、ありますぜ。ところで、小鳥ちゃんってえらく可愛い名前だな。俺のつけたデザートイーグルの方がピッタリだと思うが。眼にもとまらぬ弾丸のように宇宙を駆け抜ける幻の翼・・・」
ウットリとした目つきで語り出す大将。
ううう、勘弁してほしい。
「あの、ミアでいいです、大将。デザートイーグルはやめてください。お部屋、案内してください!」
私がいうと、大将は若干、悲しそうな顔をした。
「そうかい? じゃ、ミア、行こうか。ついでにぐるっと艦内を案内しよう。そうだ、艦長の所にも挨拶にいってこよう」
大将に連れられて救護室を出る。
「アース」とはだいぶ趣が違う。
「アース」は戦闘用空母として設計されているから機能的に作られている。
目的別にキッチリと分けられ、傭兵である私が出入りする場所は、限られていた。カプセルのような寝床、食堂、シャワールーム、保健室、娯楽ルーム、会議室、訓練室、戦闘機の格納庫、戦闘機、機械整備室。
が、この「ビッグマザー」はなんだろう?
どこか、暖かみがある。
貨物船を色々と改造したのだろう、いろいろ手を加えたあとがそこかしこに見られる。
廊下には大小様々なたくさんの扉が並び、迷子になりそうだ。
今まで渡り歩いた空母とは全く違う。
そもそも、戦闘用には作られていないのだろう。
廊下を歩いていると、小銭が落ちていた。
拾おうと屈むと、それは床に精巧に描かれた絵だった。
「あれ?」
「それ、頭上注意のために書いてあるの」
え? と上を見あげると、なるほど、天井が一段低くなっており『頭上注意』の張り紙がしてある。
「頭上注意、って張り紙しても、そこで頭ぶつける人が後を絶たなかったから、画家が渾身の作で小銭を描いたのさ。宇宙紀元前の騙し絵に凝っていた画家がいてね。それからみんなここで屈むようになって、頭をぶつけないようになったんだ!」
大将は誇らしげに言う。
真剣にこんなことをしている連中に撃墜されたんだろうか。私は。
まあ、そんな具合に「アース」ではありえない作りになっていた。
「まず、部屋に案内しよう。どの部屋がいい? 部屋の大きさもデザインもみんなバラバラだから適当にみて決めてくれ」
大将が個人用の部屋をみせてくれる。ちゃんとベッドがあり、小さなテーブルがついている。フォルムが優しい。部屋全体が柔らかな曲線でできていて、有機的だ。
「これをデザインしたやつが大昔の天才建築家ガウディとかいう人のファンらしくてな。その影響を受けているそうだ。案外好評だぞ」
また誇らしげだ。
何にせよ、私が前いたカプセルとは雲泥の差だ。文句のつけようがない。
私は幾つか部屋をみせてもらい、『物語の中のリスが住む居心地の良い巣穴』のような部屋を選んだ。
「んじゃ、次は食堂。三食ここで食べられる。自炊したければ、簡易キッチンもあるけれど、食堂のメシ旨いから、たいていみんなここで食っている」
食堂は食事時ではないのでガランとしていた。食堂自体は「アース」とあまりかわらない。
「んじゃ、次は農場。合成タンパク質とかじゃなくて、ウチは昔ながらの方法で牛や豚や鶏や食用ワニを増やして、別のコロニーに卸しているんだ。結構高値で売れる。他にもたくさんの野菜果物を作っている。船でここまで大きな食料生産基地を持って自給自足できるのはウチくらいだ」
またまた誇らしげだ。
大きな2重扉の向こうは広大な農場だった。
機械も人間も働いている。工場のような作りかと思っていたけれど、昔ながらの農場に近く、レトロな感じだ。
廊下に赤い大きな毛玉が落ちていた。
毛玉はムクリ、と起き上がると、ヨタヨタ歩いてきた。
「ギャ!」
飛びつこうとするので、慌てて止めた。
コイツ、重いのだ。オラウータン。私の友達。
オラウータンの手を握ってやると大人しく握り返してくる。
温かくて少し乾いた感じのする手だ。
「ミアにすっかりなついちゃったな」
大将は面白そうにいう。
「他にも工房やら博士たちの研究室やらいっぱいあるけれど、先に艦長のところ、挨拶にいこう。いっておくけど、おっかない女だからな。礼儀正しくな。嘘とかついてもバレるからな」
そういわれてふと思った。そういえば、嘘をついたことがない。
嘘というのは、嘘を聞いてくれる人がいて、初めて成り立つ。嘘をつく前に問答無用で殴られていたので、嘘をつく必要が、なかった。
階段を上がり、ブリッジに出る。
「カーラ艦長、この前捕まえたデザートイーグルを連れてきたぞ」
ブリッジは広く、大きな窓からは宇宙が見えた。
広大な宇宙を前に悠然と立っている女性。
存在感とエネルギー、全てを引きつけるような強さをもった女性だ。
赤い髪が波うち、肩にかかっている。
「ああ、この前の子か。何だ、ウー太も一緒なのか」
カーラ艦長が口を開いた。
ウー太?
ああ、オラウータンのことか。
私とウー太は顔を見合わせた。
ウー太が笑った。
「ミア・アランフェスです。厚遇感謝します」
私がいうと、カーラ艦長は微笑んで右手を差し出した。
「私はカーラだ。顔色が良くなったな。宇宙船『ビッグマザー』に歓迎する」