あるシゴデキ令嬢の悲劇
「婚約破棄ですか?」
今日の夜、お父様の執務室に呼び出され、婚約破棄を告げられました。
私、これでも忙しい身なので、つまらないことに使う時間はないのですが。
「聞いていなかったのか……。破棄ではなく、解消だ。あちらから申し出があったのでな。手続きのため、明日、王宮に行くぞ」
ついに私も婚約破棄されてしまいました。
でも、これで長年の辛い仕事から解放されます。
◇◇◇◇
翌日。
八歳のときから十八歳の今まで十五年間ずっと、私ひとりでやっていた領地経営の仕事を、朝五時に終わらせた私は、王宮に向かった。勿論ひとりで。
「婚約破棄されたそうなので、手続きに来ましたわ、殿下」
分厚い帳簿を持って。
「早すぎるだろ! 今何時だと思ってる!?」
「五時十五分ですね」
王宮の門番が通してくれなかったので、強行突破したら、十五分もかかってしまいました。
「そうだ。常識的に考えて、人を訪ねる時間じゃない。ついでに言うと、王太子の寝所に突撃するな」
「引き継ぎがありますので」
王国の帳簿を十歳のときから十年間、十八歳までずっと、私ひとりでつけていたのです。
婚約破棄されたということは、この仕事も、次の婚約者の方に引き継ぎしなければいけません。
十年分なので量があります。
一年百ページとして、全部で千ページあります。
昨日、婚約破棄をお父様から聞いて、すぐ引き継ぎ書を作りました。
「はぁ、またそれか……。おい、人を呼べ」
「引き継ぎですね」
やっと、私ひとりでしていた、王国の帳簿付けから解放されます。
私の有能さが惜しくなっても、もう遅いです。
◇◇◇◇
「今何時だと思っておる?」
「五時三十分ですね」
国王様とお父様が揃うまで、十五分もかかりました。
「公爵よ、娘の教育はどうなっておるのだ?」
「はぁ……私の方でも努力はしているのですが、見てのとおりでして」
引き継ぎは、まだでしょうか。
もう、いいですよね、私の仕事は昨日で終わったのですから。
「こちらの引き継ぎ書を……」
分厚い帳簿をドレスのポケットから出しました。
周りがざわつきました。
私の価値に、今頃気付いたのでしょう。
「なんだそれは」
「お前、そんなものをいつの間に……」
「いや、今、ポケットから出したか? 見間違いか……?」
陛下、お父様、殿下と、皆様揃ってうろたえています。
私の有能さを今になって知ったからでしょう、でももう遅いです。
「昨日まで長い間、この国の帳簿を私ひとりで付けてきました。それも昨日で終わりです」
もう婚約者でなくなるのですから。
「何を言っておるのだ?」
「馬鹿なことを言うんじゃない」
「どうかしているな、本当に……」
皆様の戸惑いが伝わってきますが、ここで終わるわけにはいきません。
「この国を動かしてきた私がいなくなったら、もうこの国は終わりですが、私の知るところではありません」
この国が無事に動いていたのは、私の働きがあってのこと。
その私が国の仕事をしなくなったら、どうなるか……わかりきったことですが、私にはもう関係ないことです。
「公爵よ、どうにかならなかったのか?」
「申し訳ありません。努力はしましたが、矯正は無理でした」
「いや、あれを……あの妄想癖を矯正とか無理でしょう」
……………………え?
今、なんと……?
「家柄的にも、公爵の娘なら王太子妃にふさわしいと思った私が馬鹿だった。公爵は立派だが、娘がこんなポンコツとは……」
え?
「親として、きちんと教育していたはずなのに、何故か『領地経営は私がひとりでやってる』とか、わけのわからないことばかり言って、マナーのひとつも覚えようとしないとは……」
え?
「帳簿付けとか、この国は自分ひとりで動かしてるとか、妄想ばかりで……引き継ぎ書とか言ってるけど、あれ白紙だし」
え?
妄想?
今、妄想って言いました?
八歳のときから十八歳の今まで十五年間ずっと、領地経営の仕事を私ひとりでやってきた……。
王国の帳簿を十歳のときから十年間、十八歳までずっと、私ひとりでつけていた……。
あれ、計算が合わない?
数字は裏切らないはずなのに。
「私は、帳簿を……付けていなかったのですか?」
「「「そうだ!!!」」」
私は仕事が出来る令嬢……だった、はず。
◇◇◇◇
自称シゴデキ令嬢の件は、あっという間に王都に広まった。
こんな人間になってはいけない、という意味合いもあり、子ども達に聞かせる定番物語になっていた。
つまり、教科書である。
「自称シゴデキ令嬢はどうなったのですか?」
「また妄想に入っているそうですよ」
「今度はどんな妄想ですか?」
彼女の妄想は多すぎて語りきれないのですが、そうですね……。
「パーティを追放されたけど、戻ってきてくれと言われても、もう遅い、とかそんなのですよ」
この広い世界のどこかに、彼女がいるのかもしれません。




