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あるシゴデキ令嬢の悲劇

掲載日:2026/08/02


「婚約破棄ですか?」


 今日の夜、お父様の執務室に呼び出され、婚約破棄を告げられました。

 私、これでも忙しい身なので、つまらないことに使う時間はないのですが。


「聞いていなかったのか……。破棄ではなく、解消だ。あちらから申し出があったのでな。手続きのため、明日、王宮に行くぞ」


 ついに私も婚約破棄されてしまいました。

 でも、これで長年の辛い仕事から解放されます。



◇◇◇◇



 翌日。


 八歳のときから十八歳の今まで十五年間ずっと、私ひとりでやっていた領地経営の仕事を、朝五時に終わらせた私は、王宮に向かった。勿論ひとりで。


「婚約破棄されたそうなので、手続きに来ましたわ、殿下」


 分厚い帳簿を持って。


「早すぎるだろ! 今何時だと思ってる!?」

「五時十五分ですね」


 王宮の門番が通してくれなかったので、強行突破したら、十五分もかかってしまいました。


「そうだ。常識的に考えて、人を訪ねる時間じゃない。ついでに言うと、王太子の寝所に突撃するな」

「引き継ぎがありますので」


 王国の帳簿を十歳のときから十年間、十八歳までずっと、私ひとりでつけていたのです。

 婚約破棄されたということは、この仕事も、次の婚約者の方に引き継ぎしなければいけません。

 十年分なので量があります。

 一年百ページとして、全部で千ページあります。

 昨日、婚約破棄をお父様から聞いて、すぐ引き継ぎ書を作りました。


「はぁ、またそれか……。おい、人を呼べ」

「引き継ぎですね」


 やっと、私ひとりでしていた、王国の帳簿付けから解放されます。

 私の有能さが惜しくなっても、もう遅いです。



◇◇◇◇



「今何時だと思っておる?」

「五時三十分ですね」


 国王様とお父様が揃うまで、十五分もかかりました。


「公爵よ、娘の教育はどうなっておるのだ?」

「はぁ……私の方でも努力はしているのですが、見てのとおりでして」


 引き継ぎは、まだでしょうか。

 もう、いいですよね、私の仕事は昨日で終わったのですから。


「こちらの引き継ぎ書を……」


 分厚い帳簿をドレスのポケットから出しました。

 周りがざわつきました。

 私の価値に、今頃気付いたのでしょう。

 

「なんだそれは」

「お前、そんなものをいつの間に……」

「いや、今、ポケットから出したか? 見間違いか……?」


 陛下、お父様、殿下と、皆様揃ってうろたえています。

 私の有能さを今になって知ったからでしょう、でももう遅いです。


「昨日まで長い間、この国の帳簿を私ひとりで付けてきました。それも昨日で終わりです」 


 もう婚約者でなくなるのですから。


「何を言っておるのだ?」

「馬鹿なことを言うんじゃない」

「どうかしているな、本当に……」


 皆様の戸惑いが伝わってきますが、ここで終わるわけにはいきません。


「この国を動かしてきた私がいなくなったら、もうこの国は終わりですが、私の知るところではありません」


 この国が無事に動いていたのは、私の働きがあってのこと。

 その私が国の仕事をしなくなったら、どうなるか……わかりきったことですが、私にはもう関係ないことです。


「公爵よ、どうにかならなかったのか?」

「申し訳ありません。努力はしましたが、矯正は無理でした」

「いや、あれを……あの妄想癖を矯正とか無理でしょう」


 ……………………え?


 今、なんと……?


「家柄的にも、公爵の娘なら王太子妃にふさわしいと思った私が馬鹿だった。公爵は立派だが、娘がこんなポンコツとは……」


 え?


「親として、きちんと教育していたはずなのに、何故か『領地経営は私がひとりでやってる』とか、わけのわからないことばかり言って、マナーのひとつも覚えようとしないとは……」


 え?


「帳簿付けとか、この国は自分ひとりで動かしてるとか、妄想ばかりで……引き継ぎ書とか言ってるけど、あれ白紙だし」


 え?


 妄想?

 今、妄想って言いました?


 八歳のときから十八歳の今まで十五年間ずっと、領地経営の仕事を私ひとりでやってきた……。


 王国の帳簿を十歳のときから十年間、十八歳までずっと、私ひとりでつけていた……。


 あれ、計算が合わない?

 数字は裏切らないはずなのに。


「私は、帳簿を……付けていなかったのですか?」


「「「そうだ!!!」」」


 私は仕事が出来る令嬢……だった、はず。



◇◇◇◇



 自称シゴデキ令嬢の件は、あっという間に王都に広まった。

 こんな人間になってはいけない、という意味合いもあり、子ども達に聞かせる定番物語になっていた。

 つまり、教科書である。


「自称シゴデキ令嬢はどうなったのですか?」

「また妄想に入っているそうですよ」

「今度はどんな妄想ですか?」


 彼女の妄想は多すぎて語りきれないのですが、そうですね……。


「パーティを追放されたけど、戻ってきてくれと言われても、もう遅い、とかそんなのですよ」


 この広い世界のどこかに、彼女がいるのかもしれません。


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