かまいたち
情けないことに地面を這いつくばいながら赤鬼から逃げる。しかし、這いつくばう者より歩く者の方が早い。追いつかれるのも時間の問題だろう。
自分の息遣いが荒くなっていくのを感じる。頬もびしょびしょになっていく。
――嫌だ嫌だ。死にたくない。食べられたくない!!
ドシドシと地面が鳴り響く。足音がすぐ側まで近づき、止まった。
――ああ…結局、異界に行っても私が死ぬ運命は変わらないのか……
体から力が抜けていく。そして目を瞑る。私はもう運命を受け止めていた。
その瞬間、風が通り抜けた。かと思うと後ろから雄叫びがこの何もない空間で響く。
目を開けて、振り返ると赤鬼の所々がきり刻まれている。赤鬼の上には白いもふもふとした生き物が乗っていた。
「え、何が起こったの?」
「全くオイラより弱いくせにオイラが案内しようと思った人間を襲おうとするだなんてホントっ愚かだな!」
――え、もこもこの生物が喋ったの!?
白い地面が赤鬼の血液によって彩られていく。すると、白いもこもこの生物は私の方を向いた。
その生物の腕には刃が付いている。
――まさか…かまいたち!
かまいたちの存在に驚きながらも私はまたも死を覚悟した。
――あれが本当にかまいたちだとしたら、私は終わりだ。あの鬼のようにじわじわと殺される
鬼を見つめると、ピクピクと体を痙攣させているのが分かった。
目を再び瞑った時、ドシドシと地面が揺れた。目を開けてみてば、別の赤鬼がこちらまで走ってくる。パンイチの赤鬼が。
――え、まさか…もう仲間の報復をしに来たの?
「はあ…はあ…早いですよ〜チャーリー! 追いつくのに一苦労…ぜぇ…はあ…ぜぇ…はあ…」
「遅いぞ太郎! さっさとこいつ縛り上げな」
そう言ってかまいたちは傷だらけの鬼に刃を押し当てる。
「鬼使い荒いですよ〜全く。はいはいやりますよ」
指示通りに鬼の太郎は鬼を蛇をロープのように使い、縛り付けた。
かまいたちはこちらにゆっくりと近づいてくる。
「や、やめて。来ないで!」
「落ち着きな。人間の姉ちゃん。オイラはアンタに危害を加えるつもりはないぜ。ただ、道案内しに来ただけさ」
「え」
――危害を加えるつもりはない…?
「それに危害を加えるつもりなら、もうとっくにアンタは死んでることになるぜ」
――た、確かに。その通りだ。それにこの子は鬼から私を助けてくれた。命の恩人だ。
「ごめんなさい。失礼な態度を取ってしまいました」
「分かればいんだ。おい、太郎。縛り終わったらこっちに来い」
「行きます行きますからちょっと待っててください〜…………チっ上から目線なのはまだしも、せっかちなのは――」
「おい聞こえてるぞ」
「あひゃあ、な、何にも言っておりません! ♪♫(口笛)」
――何だか上下関係がしっかりしているな。ちっこいのにかまいたちが上司だなんてギャップを感じる。
「えーと……」
「チャーリーさんでいいぞ。」
「チャーリーさん達は私がここに来るって分かっていたんですか?」
「この鬼は賭けで、オイラは降りたのを見てから来た」
――そっか。かまいたちは早く移動できるから。そういう事もできるのか。それにしても賭けって?
「賭けって何ですか?」
かまいたちは顎をくいっとさせてから言う。
「おい太郎! あれを持ってこい」
「はいはいはーい」
「はいは一回」
「はーい」
太郎は私の元に近づき、水晶玉を見せた。それには異界電車の車内やそこに居るであろう袋を咥えた狛犬が映っている。
「これは…異界電車の中ですか?」
「そうですよ、お嬢さん。ほら、異界電車には沢山キッ〜モイ目が沢山生えてたでしょ。それが人間界でいうカメラのような機能を持っているのですよ」
「へぇー凄い」
「そうでしょそうでしょ」
――異界にも現実みたいな高度なテクノロジーが存在するんだ……。
感心していると太郎が私に手を差し出した。
「立てますか?」
手を握り返し、立とうとしたのだが、よろけてしまった。転びそうになり、太郎が支えてくれる。
「ありがとうございます。すみません。腰が抜けてしまって」
「いいんですよ。気付かなくてごめんなさい」
笑顔で微笑む太郎を見ていると心が和んだ。
「よいしょっと」
太郎に抱きかかえられた。
「運ばなくて大丈夫ですよ」
「気にしないでください。どうせチャーリーに命令されますから」
「そ、それもそうですね……私って重くないですか?」
「このノロマの唯一の特技は重い荷物を運べることだから気にすんな姉ちゃん!」
――私は……重い荷物…
「こら、チャーリー。レディに対して何て言い草ですか! お嬢さん大丈夫ですよ。貴方は金棒より軽いです」
――金棒と比べられても……イマイチ自信が戻ってこない。
「太郎さん、チャーリーさん。私は真由美と言います。よろしくお願いします」
「そうですか、いい名前ですね! あと真由美さん私は太郎でいいですよ」
「そうだぞ真由美! オイラと太郎では差があるからな」
「なんですかっ、それー!!!」
「あはは」
久しぶりに笑った。楽しい。
だけど、心の底で暗闇が渦巻く。
――どうせこの人達も私に失望する
――そうそう勝手に期待してくるよ
――違う! 太郎とチャーリーは人間なんかじゃないから。
心の議論が終わる。気が付いたら、チャーリーは太郎の肩に乗っていた。
「さて、そろそろ行くか。太郎は真由美を絶対に落とすなよ」
「そんなの言われなくても分かってますよ」
「それなら進め!」
「命令だったら進みませーん」
「痛! 肩を刺さないでくださいよ!」
私は後ろに倒れている怪我をした鬼を指さす。
「あの鬼はそのままでいいんですか?」
「別にいいだろ。あんなゴミ」
「真由美さん、心配しなくとも。鬼は蘇生能力がずば抜けています。2日も経てば自力で帰れますよ」
「それなら良かったです!」
真由美とチャーリーを太郎は運ぶ。ノロマだけど人間と同じ速度で。




