出発
異界電車。終電の後に通る摩訶不思議な電車。見た目は知られていないが、噂だけが昔から一人歩きしていた。
そんなある日、一つのスレがたてられた。
【例の異界電車に乗ってみる】
スレには目が沢山生えた紫色禍々しい電車の写真が貼られている。
投稿主は『これから乗る』と書いて、赤くて不気味で気持ち悪い電車の中の写真を載せたきり投稿は途絶えた。
ーーこれで確信できた。異界電車は本当にあったんだ!
スレの中には『怖気づいて降りたのでは』と疑われている。けれど私には関係ない。私にとって大事なのは写真だ。この写真があるということは加工されていない限り、本当に実在するということだから。
『どうせ写真も加工かAI生成』という意見が見えたが、それは自分の目で確かめればいいだけのことだ。
私は昨日のスレを閉じて改札を抜けた。そして、駅のホームで座ってスマホをまた見る。
ーー私の見た目が大人っぽくてよかった。補導されずに済んだ。コンプレックスだけどこういう時にはいいな。
電車の音が何回も通り過ぎた。私はそれが聞きたくなくてイヤホンを装着した。
自殺する手段が目の前にあるという事実を忘れさせたいのだ。
噂の異界電車は終電の後に来ると言われている。それまでの辛抱だ。
ーー私は死ななくていい。別の世界に行けばいいんだから。どこでもいい。この現実から離れられるなら。
他の異界電車のスレを見ていると肩を叩かれた。私は叩かれた方向に向き、相手を確認する。険しい顔つきの五十代ぐらいのおじさんだった。
その男の姿は一言で言うと厳格とした全身茶色のおじさん。コートやズボン、それに帽子までもが茶色だ。茶色じゃないのは肌が出ている部分と黒い手袋、それにビニール袋だけだ。ビニール袋の中には酒瓶が数本見えた。
男は何か喋っている。それが聞き取れなかったのでイヤホンを片方外した。
「すみません。もう一度言ってもらっていいですか?」
「終電が過ぎてもまだ居るということはお主、異界電車に乗るつもりか?」
図星だったので私は驚き、イヤホンを落としてしまった。
私が固まっているとおじさんはしゃがみ込みイヤホンを拾って、渡してくれる。
「その反応は図星か。乗ることは勧めんぞ」
「別に乗ってもいいでしょ! ほっといて下さい!!」
ーーこの世界で過ごしてたらいつか本当に自殺してしまう…。そうなる前に何処かに行かないと。それに……この世界にはどうせ私なんて必要ないのだから別にいなくなっても問題ない。
私が大声を出した時、例の電車がやってきた。紫色の禍々しい目の生えた電車が。
ーー本当に来た!
難癖をつけられて苛立っていた心が少し浮んだ。しかし、次のおじさんの行動で怒りが蘇る。
おじさんは私に背を向け、その電車に向かっていく。私はその背中を見つめて小さくぼやいた。
「注意したくせに乗るんだ…」
ーー自分が良くて、私が何で駄目なの?
小さな理不尽を押し殺し、私も続いて異界電車の中に入った。勿論、おじさんとは違う車両に乗って。
電車の中にも目が床や椅子にまばらに生えていた。全体的に赤く、ベタベタでふにゃふにゃしている。それに辺りが鉄臭い気がする。乗客は私以外居ない。
天井からは舌が伸びてきており、その舌が輪っかを巻いていて、つり革になっていた。
ーーなんというか臭いし汚い……それに気持ち悪い。体内の中にいる気分……。
座りたくないし、かと言ってつり革を持つことは絶対にしたくない。だから私はそのまま奥には進まず、ドア付近に立ち尽くした。
3分程すると扉がしまった。もう後戻りはできない。
ーーでもいい。この電車の行き着く先に私の居場所がきっと……あるから
扉の窓から反射する真由美の口角は上がり、目は珍しく死んでなく、キラキラと輝いていた。




