EP 5
石造りの街、鉄の匂いのギルド
ゴトゴトと車輪が石畳を叩く音。
リュウとセーラを乗せた荷馬車は、巨大な城門をくぐり抜けた。
「……すげぇ」
リュウは思わず呟いた。
目の前に広がるのは、圧倒的な「文明」の奔流だ。
石造りの堅牢な城壁、三階建て四階建ての建築群、行き交う人々の熱気。
森閑とした森とは真逆の、極彩色の世界がそこにあった。
「リュウ様、ようこそ。ここが城塞都市『アルクス』です」
セーラが誇らしげに微笑む。
荷馬車から降り立つと、街の「音」と「匂い」が洪水のように押し寄せてきた。
威勢のいい商人の呼び込み、鍛冶屋の槌音、馬の蹄の音。
香辛料の香り、焼き立てのパンの匂い、そして微かな鉄と汗の匂い。
(本当に、ファンタジーの世界に来たんだな……)
立ち並ぶ露店には、見たこともない果物や、無造作に置かれた剣や鎧。
すれ違う人々の中には、獣の耳を持つ者や、身の丈ほどの大剣を背負う者もいる。
リュウは田舎者のようにキョロキョロと視線を彷徨わせた。
「あの、リュウ様? まずは教会へ寄られますか? 司祭様にご紹介いたしますが」
「いや……今はいいかな。特に信仰とかはないし」
正直、今は神様よりも「この世界の情報」が欲しい。
右も左も分からない今の状態は、あまりにも無防備だ。
「それでしたら……『冒険者ギルド』へ行ってみてはいかがでしょう?」
「冒険者ギルド……!」
その単語を聞いた瞬間、リュウの心拍数が跳ね上がった。
男なら誰でも一度は憧れる場所。
依頼を受け、魔物を狩り、報酬を得る。
フリーランスの傭兵たちが集う、ロマンの巣窟。
「行ってみたい。すごく興味がある」
「ふふ、そう仰ると思いましたわ。では、ご案内しますね」
セーラに導かれ、大通りを進む。
やがて、ひときわ大きく、そして騒がしい建物が見えてきた。
レンガ造りの三階建て。入り口の上には『交差する剣と盾』の看板。
建物の前では、いかにも荒事慣れした男たちが、昼間から笑い声を上げている。
ここだ。間違いない。
セーラが重厚な木の扉を押し開ける。
ガヤガヤガヤガヤ……!
一気に溢れ出す熱気。
酒と汗、そして紫煙の混じった独特の匂い。
「うわ……」
中は、リュウの想像を遥かに超えていた。
体育館ほどもある広いホールに、所狭しと並ぶ木製のテーブル。
そこでジョッキを傾ける大男、地図を囲んで激論を交わすパーティ、戦利品の魔獣の牙を自慢げに見せびらかす戦士。
壁には討伐された魔物の剥製や、使い込まれた武器が飾られ、奥のカウンターでは数人の受付嬢が戦場のような忙しさで書類を捌いている。
(本物だ……。ゲームなんかじゃない、本物の冒険者たちだ)
彼らが放つのは、明確な「強者」のオーラ。
ゴブリン数匹相手に立ち回った自分など、ここでは赤子のようなものかもしれない。
だが――不思議と恐怖はなかった。
むしろ、胸の奥から湧き上がるのは、強烈な憧憬と興奮。
「このアルクスは、周辺に遺跡やダンジョンが多いんです。ですから、一攫千金を夢見る腕利きの冒険者が、各地から集まってくるんですよ」
セーラの説明を聞きながら、リュウは彼らの姿を目に焼き付けた。
熊のような巨漢の戦士、鋭い眼光の女剣士、怪しげなローブの魔術師。
皆、自分の腕一本でこの世界を生き抜いている「プロフェッショナル」たち。
(俺も……ここでやっていけるだろうか)
いや、やるしかない。
社畜として死んだ佐々木龍はもういない。
今の俺は、リュウ。ギフト『武器使い』を持つ、この世界の住人だ。
熱いものが込み上げてくる。
生きているという実感。これから始まる未知への高揚感。
リュウは拳を強く握りしめた。
「セーラさん。案内してくれてありがとう」
隣のセーラに向き直り、決意を込めて言う。
「俺、ここで冒険者になるよ。自分の力がどこまで通用するか、試してみたいんだ」
「はい。リュウ様なら、きっと素晴らしい冒険者になれますわ」
セーラは、まるで自分のことのように嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔は、教会の聖女のように清らかで、そして年頃の少女のように可愛らしかった。
「さあ、まずは登録ですね。わたくしも付き添いますわ」
二人は喧騒の中、受付カウンターへと足を踏み出した。
ここからが本当のスタートだ。
異世界アースティアでの、リュウのサクセスストーリー。
その第一章が、今まさに始まろうとしていた。




