EP 19
紫煙の誘い、豚王の晩餐
月明かりすら届かぬ森の奥。
リュウとセーラは、闇に溶け込むように息を殺していた。
目の前には、粗末な木材で組まれた砦。
入り口には、見張りのオークが二体。
松明の光に照らされたその巨体は、丸太のような棍棒を軽々と担ぎ、鼻をヒクつかせて周囲を警戒している。
(鼻が利くタイプか……厄介だな)
リュウは舌打ちした。
ゴブリンとは違い、オークは狩人としての本能が鋭い。
不用意に近づけば、風向きだけでバレる。
かといって、遠距離からの投石では一撃で仕留めきれず、悲鳴で仲間を呼ばれるリスクが高い。
「リュウ様……」
隣で屈んでいたセーラが、そっと耳打ちしてくる。
吐息がかかるほどの距離。彼女の手には、乾燥した紫色の草が握られていた。
「風向きは、あちらへ流れています。……試してみませんか?」
「それは?」
「『夢見草』です。燃やすと甘い香りがして、吸い込んだ者を深い眠りに誘います」
(なるほど、睡眠デバフか!)
リュウはニヤリと笑った。
真正面から殴り合うだけが能じゃない。
「よし、乗った。頼む」
セーラは小さく頷くと、指先で草を揉みほぐし、微弱な火魔法で燻らせた。
立ち上る紫色の煙。
さらに、彼女は風魔法『ウィンド』を極限まで弱めて発動し、煙をオークの方へと送り込んだ。
……フワリ。
甘い香りが夜気に溶ける。
見張りのオークたちが、怪訝そうに鼻を鳴らした。
「ブモ?」
「ブ、ブヒ……」
警戒していた目が、次第にとろんと濁っていく。
大あくび。ふらつく足取り。
やがて、二体の巨体は抗いがたい睡魔に負け、その場に崩れ落ちた。
ズシン、ズシン……。
「グガァ……グゴォ……」
豪快なイビキが聞こえてくる。成功だ。
「ナイスだ、セーラ」
リュウは親指を立て、音もなく駆け出した。
眠りこける見張りの横をすり抜け、砦の入り口へ。
中は薄暗く、獣臭い。
広間の中央。
一段高い玉座のような場所に、そいつはいた。
他のオークより二回りはデカい巨体。
全身にまとった鉄の鎧。
そして、傍らには身の丈ほどの大斧。
オークキング。
この森を支配する豚の王だ。
王は、骨付き肉を貪り食っていた手を止め、ゆっくりと入り口へ顔を向けた。
その瞳には眠気などない。
あるのは、侵入者を値踏みするような、冷徹で知的な光。
「ブモォ……」
低い唸り声と共に、王が立ち上がる。
デカい。ゴブリンキングのような怪獣的なデカさではないが、武人としての圧倒的な圧がある。
リュウは両手の短剣を抜き放った。
奇襲は失敗か。いや、ここまでは想定内だ。
一対一。
望むところだ。
「セーラは下がっててくれ。……こいつは、俺がやる」
「はい。ご武運を」
リュウは低く構え、オークキングを見据えた。
机上で組み上げたコンボ。
四種の武器と、禁断の毒。
その全てを叩き込む実験台になってもらう。
「さあ、始めようか」
月下の砦で、新たな死闘の幕が上がる。




