EP 13
凱旋、そして古き猛者の眼差し
夕闇が迫るアルクスの街。
冒険者ギルドの扉が開くと、いつもの喧騒がホールを満たしていた。
だが、その熱気の中に入ってきたリュウとセーラの姿は、明らかに周囲とは異質だった。
全身煤まみれ。衣服には無数の裂け目と血痕。
だが、その瞳には「死線を越えた者」特有の、鋭く深い光が宿っている。
「D級冒険者のリュウです。依頼の報告に来ました」
リュウが掠れた声で告げると、受付嬢は穏やかな笑顔を向けた。
「お帰りなさいませ。ゴブリン討伐、お疲れ様でした。……ご無事で何よりです」
「ああ。群れは殲滅した。……それと、報告事項がある」
リュウは一呼吸置き、静かに続けた。
「群れのリーダーとして、『ゴブリンキング』が出現した。……こいつも、討伐済みだ」
「――え?」
受付嬢の笑顔が凍りつく。
ペンを落とす音が、やけに大きく響いた。
「ご、ゴブリンキング……ですか? あの、C級パーティーでも壊滅することのある、巨獣の王を……? お二人だけで?」
「はい。……死ぬかと思いましたけど」
セーラが疲労の色を滲ませながらも、リュウに寄り添って頷く。
その言葉がホールに波紋を広げた。
「おい、聞いたか? ゴブリンキングだと?」
「新米二人で? 嘘だろ」
「いや、見ろよあの装備。激戦だったのは間違いねぇ……」
侮蔑や嘲笑は消え、代わりに驚愕と畏怖の視線が突き刺さる。
リュウたちの「格」が、この瞬間、一段階上がったのだ。
「す、すぐに確認を取ります! ギルドマスターに報告を……!」
受付嬢が慌てて奥へ走る。
しばらくして戻ってきた彼女は、紅潮した顔で告げた。
「ギルドマスターがお会いになるそうです。マスター室へどうぞ!」
◇
通されたのは、ギルドの最奥にある重厚な執務室。
黒檀の机の向こうに、一人の男が座っていた。
白髪交じりの短髪、顔に刻まれた無数の傷跡。
ただ座っているだけで、周囲の空気が張り詰めるほどの威圧感。
ギルドマスター・バルガス。かつてS級冒険者として名を馳せた、生きる伝説。
「よく来たな、若いの」
バルガスがゆっくりと立ち上がり、二人を見据える。
その眼光は鋭く、魂の底まで見透かすようだ。
「報告は聞いた。D級に上がったばかりの雛鳥が、巨獣の王を狩るとはな。……見事だ」
「運が良かっただけです。……セーラの回復魔法と、あと、最後の賭けが上手くいっただけで」
リュウが謙遜すると、バルガスは口の端をニヤリと吊り上げた。
「謙遜するな。運も実力のうちだ。だが……」
バルガスは机を回り込み、リュウの目の前に立った。
そして、腰に下げた『疾風』と、その横にある投石器を一瞥する。
「石と短剣。遠近自在の『武器使い』か。……面白い」
「え?」
「お前の戦い方は、型にハマっていない。だからこそ、ゴブリンキングのような規格外にも対応できたんだろう。……その才能、腐らせるなよ」
バルガスの大きな手が、リュウの肩を叩く。
それは激励であり、同時に「期待しているぞ」という無言の圧力でもあった。
「報酬は上乗せしておいた。今日はゆっくり休め。……次からは、もっと面白い依頼が回ってくるかもしれんぞ?」
「……はい! ありがとうございます!」
リュウとセーラは深々と頭を下げ、部屋を後にした。
廊下に出ると、二人は顔を見合わせて大きく息を吐いた。
「き、緊張しましたわ……」
「ああ……心臓が止まるかと思った」
だが、その表情は晴れやかだった。
命がけの戦いが報われ、最強の男に認められた。
その事実は、金貨以上の重みとなって二人の胸に刻まれた。
「帰ろう、セーラ。腹減ったし、泥のように眠りたい気分だ」
「ふふ、はい。美味しいご飯を食べて、たくさん眠りましょう」
夜風が心地よい。
二人の冒険者は、英雄への階段をまた一つ登った。
だが、ギルドマスターが最後に浮かべた意味深な笑みの意味を、リュウはまだ知らない。




