EP 11
業火の村と、双頭の蛇
ミルラ村は、地獄だった。
夜空を焦がす紅蓮の炎。焼け落ちる家屋の轟音。
逃げ惑う人々の悲鳴と、それを嘲笑う下卑た哄笑。
鼻をつくのは、焼けた木材と、鉄錆のような血の匂い。
「なんて……ことを……」
村の入り口に立ったリュウは、呻くように呟いた。
破壊された畑、散乱する家財道具。
そして、怯えながら物陰に隠れる老婆や子供たち。
鉛のように重い怒りが、腹の底から湧き上がる。
「リュウ様……! 一刻も早く、あの者たちを!」
セーラの声が震えている。その美しい顔は蒼白だが、瞳には決して引かぬ決意の光が宿っていた。
「ああ、行くぞ! 一匹残らず叩き潰す!」
リュウは走りながら、相棒の投石器に石をセットした。
燃え盛る家の陰から、老婆に襲いかかろうとするゴブリンを見つける。
「落ちろッ!」
ビュッ!
夜気を裂く風切り音。
石は寸分の狂いもなくゴブリンの側頭部を粉砕した。
ぐらりと傾き、崩れ落ちる緑色の小鬼。
だが、敵は一体ではない。
仲間の死に気づいたゴブリンたちが、一斉にこちらを向く。
五匹、十匹……いや、二十匹はいるか。
「キシャアアアア!」
数の暴力が押し寄せてくる。
投石だけでは捌ききれない。
リュウは投石器を腰に戻し、両脇の鞘に手をかけた。
(来い、新しい相棒!)
ジャキンッ!
抜き放たれたのは、二振りの短剣。
右手に『疾風』。左手に無銘の短剣。
炎の照り返しを受けて妖しく輝く刃を握った瞬間、リュウの脳内に戦いの極意がインストールされた。
重心の移動、刃の軌道、回避のタイミング。
二刀流の全てが、まるで呼吸するように自然に理解できる。
(これだ……! これが俺の力だ!)
「喰らえ!」
リュウは黒い疾風となって敵陣へ突っ込んだ。
ザシュッ! ズパッ!
鮮血が舞う。
右の刃でゴブリンの錆びた剣を受け流し、左の刃で喉笛を掻っ切る。
返しの刃で二人目の心臓を貫き、回転しながら三人目の腱を断つ。
無駄がない。早すぎる。
ゴブリンたちは何が起きたのか理解する間もなく、ただ肉塊へと変わっていく。
だが、敵の数はまだ多い。
包囲しようと広がるゴブリンたちを見て、リュウはニヤリと笑った。
「逃がすかよ」
両手の短剣を、同時に投擲する。
ヒュンッ!
二条の銀光が空を翔け、離れた位置にいた弓持ちのゴブリン二匹の胸に深々と突き刺さる。
絶命するゴブリンたち。
だが、リュウの攻撃は終わらない。
「戻れ!」
指先を弾く。
柄頭に結ばれた『魔蜘蛛の糸』が収縮し、二本の短剣が生き物のようにリュウの手元へ帰還する。
投げては戻し、斬っては投げる。
それはまるで、獲物を絡め取る双頭の蛇。
「リュウ様……すごいですわ……!」
後方で回復の構えをとっていたセーラは、息を呑んでその光景を見つめていた。
それは舞踏のように美しく、そして嵐のように激しい、一方的な蹂躙劇だった。
「ギャ……ギャァァァ!」
仲間が次々と屠られる光景に、残ったゴブリンたちが恐慌状態に陥る。
武器を捨て、蜘蛛の子を散らすように逃げ出そうとするが――
「させるか!」
リュウは糸を操り、逃げる背中に冷徹な死を届けた。
慈悲はない。この惨状を引き起こした報いは、死で贖わせるしかない。
やがて、最後の悲鳴が途絶えた。
パチパチと爆ぜる炎の音だけが響く静寂。
リュウは荒い息一つ吐かず、血振るいをして短剣を鞘に納めた。
「お……おおお……!」
物陰から様子を窺っていた村人たちが、歓声を上げて駆け寄ってくる。
「助かった! 助かったんだ!」
「すげぇ! あんたたち、一体何者なんだ!?」
「村の英雄だ! ありがとう、ありがとう!」
涙ながらに感謝を口にする村人たち。
セーラも安堵の表情で駆け寄ろうとする。
「リュウ様、お怪我は……」
だが、リュウは動かなかった。
その表情は険しく、視線は燃え盛る森の奥へと釘付けになっている。
「……リュウ様?」
「まだだ」
リュウは短く告げた。
歓声に混じって、肌を焼くような不快な気配がする。
五感が警鐘を鳴らしている。
終わっていない。何かが、まだそこにいる。
「まだ、終わってないぞ! みんな下がれ!」
リュウの怒号と同時だった。
『ゴォォォォォォォォ……ッ!』
地を這うような、重く低い咆哮。
それはゴブリンの甲高い声とは違う。もっと濃密で、圧倒的な「死」の予感。
村人たちの笑顔が凍りつき、セーラが息を呑む。
炎の向こう、森の闇から、その巨体はゆっくりと姿を現そうとしていた。




