新しいご主人様
(ヘーゼル視点)
外が薄暗くなった頃、屋敷の中はだんだん賑やかになってくる。
ヘーゼルは緊張しながら、ティーセットを乗せたカートを押している。
執事のアル様に新しいご主人様が寝室で寝ているので、起こして支度を手伝ってあげなさいと今言われたばっかりだ。
前のご主人様のバートン伯爵様には2年仕えた、伯爵様は寝る以外は屋敷であまり過ごさず、起き抜けのお茶を運ぶぐらいしかしてなかったので、私の名前を知っているかも怪しいぐらいだった。
私のような完全に夜行性の使用人の働き口は少ない。夜行性の動物の家系でも完全に夜行性になるとは限らない。私の家族でも夜行性は私だけだ。それが貴族で使用人を雇う立場になるともっと少なくなる。
勿論、小さな子供がいる家庭でのナニーのような夜中に起きてる事が必要な仕事では重宝されるが長く続けられる仕事ではない。この伯爵家での仕事を得られたのは本当にラッキーだった。なので伯爵が領地に帰ると聞いた時は目の前が真っ暗になったが、次の雇い主が夜行性のためそのまま使用人を雇ってくれると聞いた時はその幸運が信じられなかった。
この仕事を失うわけにはいかない。
きちんと働いて離れた故郷にいる家族の生活を守らなければ。
何事も第一印象が大事よね。
新しいご主人様のミカエル様の噂は私も知っている。この国の筆頭魔術師で、素晴らしい力を持ち、王太子様の右腕と言われている。ただいつも寝不足で不機嫌で、口調もきつく、どのような相手でも歯に衣着せぬ言い方をするらしい。ミカエル様の美貌に惹かれて、やってくる令嬢も多くいるが、何を話しても無言で、冷たくあしらう為、泣かされた令嬢は数知れずと聞いている。
私は寝室のドアを大きめにノックする。防音の為に音が伝わりづらいからこれぐらいしないと聞こえない。
返事はなかったが、そっとドアを開けて中に入る。部屋の中は真っ暗だが私は暗闇で行動するのが得意なので問題ない。
ベットにこんもりと人の形が見える。よく寝ているようだが、会議に行かれるそうなので今起こさないといけない。
カーテンを開けて灯りをつけてみるが、微動だにしない。
「ミカエル様、おはようございます。お休み中に申し訳ございません。会議があると聞きましたので、起きて頂けますか?」
やはり、返事はない。
では。。。。ベットに近づいて、もう一度声をかけてみるが、やはり起きない。
「。。。では失礼いたします」
最終手段で、顔までかかっているシーツをそっと持ち上げた。
シーツの下にはどきっとするほど端正な顔が見えたと思うと。目がバチっと開いた。
突き刺す様な黄色の目。
「お前は??」と言う声がした瞬間、体が動かなくなる。
私はミカエル様を見つめる事しかできない。
「ん?ここは。。そうか、新しい家か。こいつは。。あ、メイドか、お前何やってるんだここで」
返事をしたいが、声が出ない。うーーと唸ってると、
「すまない。無意識に拘束魔法をかけていた」
ミカエル様が指をパチンと鳴らすと体が動くようになった。
「初めまして、ミカエル様。メイドのヘーゼルと申します。目覚めのお茶を用意しましたので、宜しければどうぞ」と深々と礼をするが、返事はない。
顔を上げるとミカエル様の顔がすぐ近くにあった。
叫ばなかった私は自分を褒めたい。
「これは珍しい髪の色だな。2色なんて」と私の髪を一房持ち上げた。
そう私の髪はアッシュグレイだが、下に行くに連れ色が薄くなり、下の方は白に近い色になる。
「私の家系でよく出る髪の色で、父も同じです。申し訳ございませんが、髪を離して頂いても宜しいでしょうか?」と言うと、ミカエル様はパッと手を離した。
顔を赤くして「すまない。。」と謝ってくれた。
私は銀の髪、黄色の目を持つ新しいご主人様を見た。確か白フクロウの家系と聞いた。かなりの美形だが、服のまま寝てしまったのか、シャツもスボンもシワだらけで、髪の毛がボサボサでとても残念だ。
「ミカエル様、服を脱いでいただけますか?」
「え?服??脱ぐ?」すごく慌ててる。
「ええ、シワになってしまっているので、アイロンをかけます。その間はこちらを」と洗い立てのバスローブを渡す。
ミカエル様はやや固まっていたが、立ち上がった。
「バスルームはそちらのドアです」と指を指すと、駆け込むように入って行った。
トイレに行きたかったのかしら?
バスルームから出てきたミカエル様から洋服を受け取り、私はアイロンをかける為に部屋を出る。
会議までどれぐらいの時間があるのかわからないけど、急がなきゃ。あ、お腹空かれているかしら。
私はアイロンをかけ終わった服とサンドイッチを持ってミカエル様の部屋に戻る。
ミカエル様はバスローブ姿でソファにちょこんと座っていて、ちょっと可愛い。
「ミカエル様、お待たせしました。会議の間お食事ができるか分からなかったのでサンドイッチをお持ちしました。食べる時間がなければ、お包みしますが」とチキンクラブサンドをテーブルに置く。
「まだ大丈夫だ。これは俺の好物だ」と嬉しそうにいう。
私はお茶を淹れなおして、今度はブラシを持ってミカエル様の後ろに立つ。
「お食事中ですが、時間はないので失礼いたします」というと、ボサボサのミカエル様の髪を解かし始める。
どうやったらこういう寝癖がつくんだろう。
「短い時間でしたが、ごゆっくりお休みになれましたか?」
「ああ、こんなに深く寝られたのは久しぶりだ。すごく頭がスッキリしたよ。ブラッシングをしてもらうのは久しぶりだけど、気持ちがいいねえ」と目を細めている。
25歳と聞いていたが、ボサボサ頭でサンドイッチをつまんでいる姿はもっと若く見える。
サンドイッチを食べ終わったので、今度は前からブラッシングしないと。前髪が全て立ってしまっている。
「ミカエル様、前髪のブラッシングをしても良いでしょうか?」
「ああ、お願いできるか?」
私はミカエル様の前に立ってブラッシングをする。私はかなり小柄なので座っているミカエル様でもギリギリなぐらいだ。
前髪の寝癖はなかなか手強かった。やっとできた時には、ミカエル様は目を瞑っていた。また眠くなっちゃったのかしら。
「ミカエル様、お待たせしました。もうこれで大丈夫ですよ」と私がいうと、ゆっくり目を開けて。
「すごく気持ちよかった。ありがとうヘーゼル」と言ってくれた。
「ブラッシングは得意なんです。そろそろお時間でしょうか?お着替えになった方が良さそうですね。執事のアル様がミカエル様の当座の荷物を今日中に侯爵家に取りに行くそうです。他に何かあれば一緒にお持ちしますが」
ミカエル様は少し考えていたが。
「俺は転移魔法が使えるから、何かあれば自分で持ってくるので大丈夫だ」
「かしこまりました。本日のお食事はいかがいたしましょう?」
「今日は会議の後、侯爵家で甥の誕生日パーティーを兼ねた食事会があるのでそれを昼食にする。その後はこちらに戻ってきて、引っ越しをするのでヘーゼルも手伝ってくれないか?夕食は引越しの荷物を片付けてからでいい」
「かしこまりました。お待ちしております」
ミカエル様は着替えの補助はいらないはずなので、私は寝室から出て執事のアル様にミカエル様の要望を伝えに行く。
なかなか良い第一印象だったわね。これなら末長くお仕えできそうだわ。
やはり人の噂なんか当てにならないわね。人嫌いどころか、使用人にお礼も言える礼儀正しい人じゃない。
ちょっとスキップをしながら、廊下を歩く私の後ろ姿をミカエル様がドアの隙間から私を見ていた事には気が付かなかった。




