乱破隊
~佐藤家の紹介~
【ジョセフ】
佐藤家のアイドル。ゴールデンレトリバー。老犬。いつだって里香の味方。
【里香】
大学一年生。ジョセフに寂しい思いをさせないため、ニートになる。
【玲弥】
中学二年生。姉思いの優しい弟。自信過剰。
【パパ】
食品卸売会社勤務。娘のニート費用を稼ぐため、全身全霊でギャンブルに挑む。
【ママ】
お菓子メーカー勤務。玲弥にとことん甘い。
一ヶ月後、里香はもう完全に『忍者サークル☆ニンニンで御座る』のイデオロギー(思想)に深く、深く浸かっていた。
熱気のこもる狭苦しい部室。壁には「拒否、前進、教育」と墨書きされた半紙が並び、全身タイツに身を包んだ諸先輩方が厳粛に横一列に並んでいる。それを私服姿の後輩たちが半円形に囲むなか、里香だけは既に全身タイツを正装として纏い、周囲から輝かしい尊敬と畏怖の視線を浴びていた。
「これよりぃぃ~……忍者サークルぅぅ~……ニンニンで御座るぅぅ~ッ! 特殊ぅぅ~……作戦部隊ッ! 『乱破隊』のぉぉ~……三番隊ぃぃ~……隊長ぉぉ~……任命式を行なうッ! 新ッ! 三番隊隊長ぉぉ~……佐藤里香ッ、前へッ!」
里香は地を這うような重厚な足取りで一歩前に進み出て、靴を鳴らして小気味よく回れ右をした。
「はッ! 文学部一年、佐藤里香ですッ! 本隊が掲げますスローガンッ! 『拒否ッ! 前進ッ! 教育ッ!』の精神を胸にぃぃ~……ミソジニーッ! バックラッシュッ! 慈悲的差別ッ! にぃぃ~……洗脳にされたぁぁ~……クソガキどもをッ! 一匹残らず駆逐しッ! 自分がフェミニストのたぁぁ~まッしぃぃうぉぉ……牽引する一員になれますよう、精一杯ッ!精進して参りますッ! ニンニンッ!」
「……ニンッ!! ……ニンッ!!」
里香の咆哮に、一同が渾身の返礼を返した。ちなみに儀礼的なニンニンは、一気に言わずに「ニン」で一度切り、一拍置いてから再び「ニン」と発するのが、作法である。
『乱破隊』の活動は実に多忙を極めた。
大学の至るところに無自覚なミソジニー(女性嫌悪)患者が溢れ返り、バックラッシュ(フェミニズムに対する反動)を引き起こしてはニンニンの活動を妨害、迫害、あるいは性的搾取の対象として見てくるからだ。
さらに事態を悪化させているのは「無自覚な慈悲的差別甘受者」の存在だった。「レディーファースト」という甘い言葉に隠された差別を見抜けず、あろうことか喜んで受け入れている女子学生たち。潜在的にこちらの味方になるはずの戦力が、敵の懐柔策に奪われている現状。これこそが、この革命を停滞させている社会的要因といっても過言ではなかった。
「今夜のターゲットは、医学部一年のクソガキどもだ」
会長の合図とともに、一同は全身タイツの上に私服を着込み、偽装工作を開始した。
「ボンボンの慈悲的差別主義者どもですね!」
弘中隊員が鋭く指摘すると、会長は重々しく頷いた。
「そうだ。我々は無自覚な慈悲的差別甘受者のふりをしてホテルまでついて行き、股間からがまん汁を垂らしながら、勝った気で振り向いた奴らの顔面を、確実に絶望と後悔の海に沈める」
「はッ!」
「会長! 私の超絶あざとテクで、がまん汁でションベン漏らしたみたいにしてやりますよッ!」
本宮隊員の威勢のいい宣言に、会長が応える。「期待しているゾッ、本宮!」
隊員たちの士気が最高潮に達するなか、里香だけが少し浮かない顔で手を挙げた。
「会長ッ!」
「なんだ、里香」
「……自分、そのシチュエーション、想像したらちょっと興奮します」
一瞬、部室に冷ややかな沈黙が流れた。
「おい里香! 作戦に私情を挟むな。冷静になれ!」
「すみません……自分、処女なもんで。ぶっちゃけ、医学部のボンボンと付き合いたいッス!」
里香のあまりにもピュアな欲望に、会長は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに慈愛に満ちた目で里香の肩を叩いた。
「……その気持ちは、分からなくもない。だがな、付き合えるのは、少なくとも今回の作戦で奴らの腐った性根が叩き直され、名誉女性として覚醒した時だ。そのためにも、今夜はしっかり教育してやれ!」
「はッ!」
里香はスティック型のスタンガン『ミサワのV-MAXネオお奉行様』を握りしめ、獲物が待つ夜の街へと駆け出した。




