エピローグ
~佐藤家の紹介~
【ジョセフ】
佐藤家のアイドル。ゴールデンレトリバー。老犬。いつだって里香の味方。
【里香】
大学一年生。ジョセフに寂しい思いをさせないため、ニートになる。
【玲弥】
中学二年生。姉思いの優しい弟。自信過剰。
【パパ】
食品卸売会社勤務。娘のニート費用を稼ぐため、全身全霊でギャンブルに挑む。
【ママ】
お菓子メーカー勤務。玲弥にとことん甘い。
晴天の下、お洒落な服装で着飾った雅が橋の麓で佇んでいる。そこへ現れたのは、黒のパーカーに身を包んだ里香だ。
「ヨッ!」「ヨッ!」
互いに軽く手を上げ、いつものルーティンのように合流して歩き出す。
「あんた、ちょっとはお洒落しなさいよ」
開口一番、雅が里香の無造作な服装に注文を付ける。傍目には、華やかな雅と無機質な里香はあまりに対照的な二人組だ。
「返り血が目立たないから、この方がいいんだよ」
「ちょっと……怖いこと言わないでよ」
里香の何気ない一言に、雅は引き攣った笑いを返した。
「で、姐さん、どうなのよ? 御曹司は落ちそう?」
「私の魅力にメロメロね。もう、息を吹き掛けただけで倒れそう」
「さすがッ! ここが違いますねぇ~ッ」
里香はおどけて自分の前腕をパシパシと叩いてみせる。雅も得意げに顎を上げ、満更でもない表情を浮かべた。
「まあね。……ところで社長さんは? 景気はどうよ?」
雅が里香を「社長」と呼ぶのは、冗談ではない。二年生になった里香は『東京ガールズ探偵社』を立ち上げ、「忍者サークル☆ニンニンで御座る」の活動をそのままビジネスへと移行させていた。
パーカーの背中には、瞳がキラキラした昭和アニメ風の美少女探偵。それが会社のロゴマークだ。
女子大生の緩やかな情報ネットワーク「梟」を使ってクソガキどもの動向を収集し、一線を越えた連中を「乱破隊」が叩き潰す。娘や息子の悪行を憂う親御さんから正当な報酬を受け取り、情報と「教育」を提供する。その売上は、驚くほど上々だった。
ふと、二人組の男がすれ違いざまにわざとらしく二度見した。華麗なバックステップで戻ってくると、二人の道を塞ぐ。
「うわっ、眩しいぃぃ~……こんなところに美女が二人もっ!」
さっそくだ。日曜の昼下がり。ナンパするなと言う方が理不尽だ。
「褒めてくれてありがと。でもごめん。私たちはこれから二人きりでお茶するんだ」
里香は事務的に切り返すが、男たちは引かない。
「ええっ~! いいですね、それ! でもちょっとだけ、妹の誕プレ選びに付き合ってくれませんか? 何買っていいか全然分かんなくてッ!」「時間は取らせないんでッ! ホントッ、お店イッコでいいんスよッ!」
「ごめんなさ~い……」
雅が申し訳なさそうに断りつつ、里香の手を引いてするりと脇を抜けた。
(危ない危ない。里香はどこで着火するか分かんないんだから……)
「ッンだよ! お高く止まりやがって! お前らそこまで可愛くねーだろッ! 鏡見てこいブスッ!」
背後から投げつけられた捨て台詞に、里香の足が止まった。雅の手を振り払い、ゆっくりと振り返る。
「ナンパかと思ったら、なんだ……喧嘩を売りに来たのか。喧嘩なら買ってやるよ」
「はぁ~~ッ? 何言ってんの? お前頭おかしいの?」 「やっべ! キチガイ女捕まえちゃった! こりゃ動画撮って投稿しなきゃッ!」
無言で男の胸ぐらを掴んだ里香は、そのまま後ろ歩きで橋の欄干まで連行し、背中から倒れ込んだ。鮮やかな巴投げ。男が絶叫とともに川へ放り投げられる。その場馴れした強者の威圧感に、もう一人の男が悲鳴を上げて逃げ出した。立ち上がった里香が、獣のような速さでそれを追う。
「待てゴラァァーーーーーッ!!」
一人残された雅は「またか……」と深く肩を落とした。遠くから「地獄の底まで追ってくよぉ~~~~ッ!」という里香の恐ろしい咆哮が響いてくる。
その様子をビルの屋上から監視する全身タイツの影があった。乱破隊の本宮隊員だ。双眼鏡を片手に、無線機へ指示を飛ばす。
「ターゲットは中央公園方面に疾走中」
『あいよー、タックルタックルぅぅ~♪ かましちゃうよぉ~ん♪』
ノイズ混じりの返答とともに、角から飛び出した全身タイツの隊員が男に強烈なタックルを食らわせる。派手に吹っ飛んだ男の元へ、やがて里香が追いつき、容赦ない蹴りが炸裂した。
――佐藤家の二階。里香の部屋には、どこか物悲しい夕陽が射し込んでいる。
机に飾られているのは、子犬の頃から撮り溜めた、ジョセフの寝顔の写真。
「ただいまー……」
玄関から部屋の主の声が響く。自室に戻った里香は、真っ先に布団の上に置かれた写真立てを手に取った。
手術に向かう朝、玲弥が撮ったツーショット。里香は「ただいま」と言って、写真の中のジョセフにキスをした。
里香は、この習慣を一日も欠かさない。これから一生、何十年と続けていくであろう、彼女にとっての聖域。
悲しみは悲しみのまま残っている。耐性ができることはあっても、癒えることはない。それでも彼女が前を向いて歩けるのは、後悔がないからだ。
全力で愛し、全力で愛された。後悔など、入り込む隙間もなかった。
目を閉じ、冷たく硬い写真立てを、まるで生きたジョセフを抱きしめるように、大切に、優しく胸に抱く。
あの日。
ジョセフは手術台で意識が遠のく間際、はっきりと見たのだ。
暗闇の中、年老いた里香ちゃんが不安そうに、あてもなく歩いている姿を。
そこに現れる――音楽を奏でるように流れる、七色の優しい光。
その光は、ジョセフの胸元で誇らしく点滅していた。
ジョセフは力強く、四肢を蹴って駆け上がった。
彼が駆け抜けた背後は、次々と美しい花畑に変わり、世界を彩っていく。
光を纏ったジョセフが、里香の胸にジャンピングダイブした。
里香ちゃんの愛と幸福に満ち溢れた表情。
もう、二度と離さない。
永遠にッ!!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
里香の物語はいかがでしたでしょうか?貴方の心の中に、少しでも残るものがあれば幸いです。
完結にあたり、ご感想、ご要望、アドバイス、☆評価、ブックマークをお待ちしております。
無言の☆評価だけで構いません。貴方の評価が、次の物語を紡ぐ大きな力になります。
またどこかの物語でお会いできることを願っております。
それでは、お元気で((ヾ(・д・。)フリフリ




