帰りたくない
~佐藤家の紹介~
【ジョセフ】
佐藤家のアイドル。ゴールデンレトリバー。老犬。いつだって里香の味方。
【里香】
大学一年生。ジョセフに寂しい思いをさせないため、ニートになる。
【玲弥】
中学二年生。姉思いの優しい弟。自信過剰。
【パパ】
食品卸売会社勤務。娘のニート費用を稼ぐため、全身全霊でギャンブルに挑む。
【ママ】
お菓子メーカー勤務。玲弥にとことん甘い。
ジョセフは、空になった皿に残る匂いを名残惜しそうに舐め続けた。パパの作った極上のリゾットには、それだけで彼を魅了し、一瞬で元気づけてしまう魔法の力がある。
パパの方をじっと見上げ、「ワンッ」と短く催促してみる。
「おいっ、食べ過ぎるとデブになるぞ。……これで最後だからな」
そう釘を刺しながらも、パパは嬉しそうにおかわりを用意してくれた。ジョセフは喜びを爆発させてパパの太ももに飛び掛かり、差し出されたリゾットをあっという間に平らげる。
テーブルの上では、里香たちがゆっくりと食事を堪能していた。
(みんながリゾットの合間に口に運んでいるもの……あれは、パンだッ!)
ジョセフは里香と玲弥の膝に鼻先を押し込み、ちぎったパンもしっかりと貰っておく。
「僕は満足だッ! 大満足だッ!」
四人の足元をぐるぐると回り、食事を見守るジョセフの瞳がそう語っていた。
昼食を終えると、約束通り中央公園でのフリスビーが始まった。ジョセフが宙を舞い、華麗なジャンピングキャッチを披露するたび、家族全員が「すごい!」「天才!」と拍手して褒めてくれる。フリスビーを咥えて戻れば、そこには四人分の壮大な撫で撫でが待っていた。
(……楽しいッ! ……楽し過ぎるッ!)
ジョセフは芝生の上でひっくり返ってお腹を見せ、「もっと撫でて!」と要求する。それに応えるように、何重もの温かい手が全身を包み込んだ。
けれど、楽しい時間はあまりにもあっという間に過ぎてしまう。気づけば空は茜色に染まり、夕暮れが始まっていた。
(……あれ? ……誰も『帰ろう』と言い出さない)
ジョセフは不思議に思った。いつもならパパかママが時計を見て切り上げる時間だ。けれど、フリスビーが宙に放り投げられれば、彼は取りに行くしかない。
彼はフリスビーを追いながら、家族の様子を観察した。
(さっきから、里香ちゃんばっかりが投げている。他の三人は、それを止めない。……止められないんだ。里香ちゃんの気持ちが痛いほど分かるから、誰も終わらせることができないんだ)
ジョセフは走るのをやめた。ジャンピングキャッチもせず、とぼとぼと歩いて、草の上に落ちたフリスビーを拾いに行った。
(……きっと、今日の病院で何か悪いところが見つかったんだ。僕はもう、長くはないんだろう。だから……今日が最後になるかもしれないから、里香ちゃんはこの時間を切り上げたくないんだ)
ジョセフはフリスビーを咥えて里香の元に戻り、その瞳を見つめて訴えた。
(里香ちゃん、もう……帰ろう)
「どうしたのジョセフ? 疲れちゃった?」
(違うよ。いくら僕とお別れするのが寂しいからって、夜中まで遊んでいるわけにはいかないだろう? ちゃんと寝なきゃ)
「……そうだね。そろそろ暗くなってきたし、帰ろうか」
自分の意思が伝わったことを感じ、ジョセフは嬉しそうに笑った。
帰りの車内、ジョセフはじっと里香の顔を見上げていた。
「どうしたのジョセフ? そんなに私の顔ばっかり見つめて……」
(里香ちゃん。僕ね、里香ちゃんと一緒に生きられて、本当に幸せだよ)
「な〜に〜?」
(里香ちゃん。愛してる)
里香が顔を近づけてきた瞬間、ジョセフは彼女の頬を、鼻を、額を、精一杯舐めた。
「うわっ! わわわッ、ちょっとジョセフ!」
里香が声を上げて笑う。ジョセフは構わず、何度も何度も舐め続けた。
言葉にできない、伝え切れないほどの感謝の気持ちを、その温かい感触に込めて、いつまでも、いつまでも舐め続けた。




