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運命の出会い演出編08

(どうしよう…………)

 心の準備が何も整っていないルシンダに、どう伝えればいいのだろうか。誰かから聞かされるよりはサンドラが何とかうまく言葉を選びつつ伝えたいものだが。

 思い悩みつつルシンダの私室に戻ると、彼女はちょうど休憩に入るところだった。歴史の教師に丁寧にお礼の言葉を述べ、完璧なマナーで見送り、優雅に椅子に腰を下ろした。順調に教育の成果が出ている。……外側だけは。

「あ、サンドラ」

 ルシンダはサンドラを認めて少し微笑もうとしたが……失敗した。出会った時を思い起こさせる表情だ。

(…………少し、わざとらしい気もするけれど……)

 それはそうと、なんだか嫌な予感がする。サンドラは突っ込むことをせずに気遣わしげな表情を浮かべて近寄った。

「どうかなさいましたか?」

 ルシンダははっとした様子で首を横に振った。

「いえ……いいの。何でもないの」

(何でもないという表情ではないのだけど……)

 これは間違いなく、聞かれたがっている。暗にそのような態度を取っている。

 指摘することはせず、サンドラはもう一歩踏み込んだ。

「もし何かお悩みがあるなら、どうぞこのサンドラに仰ってください。決して他言はいたしませんから」

 目を合わせると、ルシンダは縋るような眼差しを浮かべてサンドラに抱き着いてきた。

 サンドラは背が高い。それなりに鍛えてもいる。小柄なルシンダを危なげなく受け止めて軽く背をさすってやると、彼女は涙声になった。

「……っ、サンドラ……!」

「聞いておりますよ。どうなさいましたか?」

 落ち着かせるように、低めの声でゆっくりと返す。ルシンダは悲鳴を上げるように訴えた。

「サンドラ……! わたくしの輿入れ相手が決まったのだって……! 先生がそう仰ったの……!」

(言わんこっちゃない!)

 サンドラは脳内でクロフトに小一時間説教してとっちめた。現実世界では数秒しか経っていない。

 誰かが改まって巫女姫に伝えたりせず、話が固まってから自然と彼女の耳に入るようにしたのは、先に外堀を埋めてしまおうという周囲の思惑があったことは想像に難くない。早く伝える必要がなかったというのもあるだろうが、それだけではあるまい。逃げ出せない状況にしておいてから諦めろと迫る……そこまではっきりと考えてはいないかもしれないが、そうした意思を感じる。

 無意識のうちに人を動かそうとするような、そういう計算は嫌いだが、貴族社会でなくてもこうしたことはよくある。

 だがルシンダは傷ついたのだろう。輿入れというぼんやりとした未来が急に具体的なものとなって身に迫ってきて。せっかくサンドラが彼女の結婚への恐れを軽減させるために動いたというのに台無しだ。仕組んだ人たちをとっちめて回りたい。

「ルシンダ様……おつらいですよね。お嫌でしょう……」

 こくん、とルシンダは頼りなげな幼子のように頷く。サンドラの服をぎゅっと握りしめて頭を埋めるようにする。

(これを……これと同じことを帝国の皇子様にすれば、話は簡単に進みそうなのに……!)

 同性であっても庇護欲を掻き立てられるいじらしさだ。守ってあげたくなってしまう。多くの男性にも効くだろう。皇子に気に入られて熱心に口説かれればルシンダも考えを変えるかもしれないのに。

 部屋の隅に控えていたメイドがこちらを見て目を輝かせている。背の高いサンドラが男性役にでも見えるのだろう。別にそれはいいのだが、呑気にしていないで助けてほしい。どう助けられることを望んでいるのか自分でも分からないが。

 そして、助けてほしがっているのはルシンダも同じだ。結婚自体は避けられないのだが……どうやって助けよう?

(むしろ……荒療治ではあるけれど、これを奇貨にするしかない)

 心の準備をゆっくり整えてもらう時間が取れない以上、そしてこうなってしまった以上、このまま何とかしていくしかない。

 糸口を探そうとサンドラは話しかけた。

「ルシンダ様……私にできることなら何でもいたしますから、何でもお話しくださいね」

「ええ……ありがとう、サンドラ。頼りにしているわ。……みっともなく取り乱してしまってごめんなさい」

 ルシンダはそっと離れてぐすりと鼻を鳴らした。鼻の先が赤くなり、宝石のような青い瞳が涙できらめいている。

 涙を拭い、ルシンダは気丈に言った。

「わたくしはもう大丈夫。こうなることは初めから分かっていたのだもの」

 そう言いつつも表情は強張っている。まったく大丈夫ではない。

「ルシンダ様……」

「心配してくれてありがとう。でも本当に、大丈夫なの。これは神様の与え給うた試練なのだから。つらいけれど負けない。わたくし、頑張るわ」

「…………え?」

「きっと神様は見ていてくださる。わたくしの運命のお相手も。わたくしをこの境遇から、きっと救い出してくださる……!」

(ぜんぜん大丈夫じゃないーーーー!)

 サンドラは心の中で叫んだ。

 ルシンダは現実をまったく見ていない。まったく認めていない。すべてを脳内で完結させてしまっている。

(おまけに……)

 冷や汗を流しそうな思いでサンドラはルシンダを見やった。けなげに涙を拭って気を取り直そうとする、いかにも可哀そうな様子――に見える――美少女を。

(思い切り、悲劇のヒロインになってしまっている…………!?)

 そういえば彼女の好みはそういうものだった。つらい境遇に置かれた主人公が白馬の王子様に救い出されるものだ。

 だったら白馬の王子様役が帝国の皇子でいいだろうと思うのだが、彼女の中では皇子こそが悪役の当て馬役になってしまっている。結婚を無理強いされる可哀そうなわたくし、の立場に酔ってしまっている。そういえば嘆き方も芝居がかっていなかっただろうか。……もしかすると、最初から。

(まさかとは思うけれど……この状況を心のどこかで楽しんでいたりしないわよね…………!?)

 彼女の華奢な肩をつかんでがくがくと揺すぶりながら問いただしたい衝動を、サンドラはかろうじて堪えた。

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