運命の出会い演出編07
「首尾は上々のようだな」
城の廊下で行き会ったクロフトに上機嫌で言われ、サンドラは微妙な表情になった。必要がなければ表情はあまり動かさないようにしているので、無表情が少し歪んだくらいのものだ。クロフトは気付かずに話し続けた。
「城に連れて来られて委縮した様子でいらした巫女姫様が、最近はずいぶんと明るい表情を見せられるようになったと聞いている。慣れもあるだろうが、お前の力も大きいだろう。やはりお前を遣わしてよかった」
「……過分なお言葉です……」
「勉学にもいっそう熱心にお取り組みになって、敬遠しておられたダンスも学ばれているとのこと。良い傾向ではないか」
(…………。……そう見えるわよね……)
クロフトは上機嫌だが、その内実を知っているサンドラはまったく喜べない。
ルシンダの態度は、恋を知って世界が美しく見え始めた少女としての浮かれ具合によるものだ。だがそのじつ、彼女が恋しているのは……恋に対してだ。恋に恋する夢見る乙女……彼女が想うのは特定の誰かではない。まして帝国の皇子でもない。むしろ運命の恋を妨げる悪役として認識している。
遠い目になっているサンドラの様子にクロフトは気付かない。
「安心したよ。これなら大丈夫そうだな。近々、婿候補の皇子がいらっしゃるそうだ。日時は調整中なのだが、城で予定されている舞踏会のいずれかに重ねることになるだろう。皇子と巫女姫が互いを婚約者として大々的に披露する場になる」
「…………え?」
つねに冷静であろうと心がけるサンドラだが、その言葉にはさすがに一瞬頭が真っ白になった。
(ちょっと待って……舞踏会!? 恋に恋する夢見がちな巫女姫を、大勢の衆目の前で見世物にしながら未来の花婿と引き合わせる!? 上手くいくと思っているの……!?)
本人の意思を無視してそんな雑なことをしていいなどと、いったい誰が考えたのだ。考えが甘すぎる。小一時間説教してとっちめてやりたい。
「舞踏会の場でというのは私の発案なのだがな」
(あなたでしたかーーーー!?)
叫ぶのをかろうじて堪えたサンドラの様子に気付かず、クロフトは得々と話を続けた。
「婚約成立を強く印象付けるために、お二方には華々しくお目見えしてもらわねばな。舞踏会ならうってつけだろう。強大な帝国に唯々諾々と従わされるのではなく、王国の立場を背負って祝福されて幸福に結ばれるのだと演出せねばならんからな」
「…………――」
サンドラは口を開け閉めした。とてもではないがその段階ではない。今のクロフトの話をルシンダに聞かれたらどうなるか考えるのも恐ろしい。
クロフトは盛大に勘違いしている。巫女姫がすっかり貴族化されたと思い込んでいる。
いや、これはクロフトに限らないのだろう。貴族階級の多くの者がそのように思い込んでいるのだろう。他人への想像力が足りないと言ったらそれまでだが、周り中が同じような人ばかりの環境では仕方ないことかもしれない。
一般的な貴族令嬢であれば、美しく装って皆の注目を集めながら帝国の皇子に求婚されることに胸をときめかせることができるだろう。あるいは、それを望まないにしても弁えた振る舞いができるだろう。まさか婚約発表の場を台無しにすることはあるまい。
だが、ルシンダに……あの、純粋で夢見がちで世間知らずな巫女姫に、それができるか? 考えるまでもない、無理だ。なんなら場違いな正論を振りかざしてあたりを凍り付かせる光景が思い浮かぶ。
「あの……もう少し、時間を……」
言いかけたサンドラの言葉に被せるようにクロフトが胸を撫で下ろしながら言った。
「いや本当によかった! じつは皇帝にせっつかれて、早くそちらの姫を息子と娶せろ、せめて婚約発表を大々的にしろと言われていてな。王国側もこの婚姻を歓迎していると示すために迅速に返事をする必要があったのだ。巫女姫の意向を確かめる段階を踏まなかったのは悪かったが、したとしてもどうせ形式的なものにしかならない」
(それはそうでしょうけれども!)
巫女姫はそもそもそのために城に連れて来られたのだから、その立場を弁えていれば何ら断る理由のない打診だ。婚姻はそもそもの既定路線なのだから、ここで彼女が何を言おうが通らない。というか王国側がそうさせない。
「……せめて私には早めにお伝えいただけたら……」
「いや、すまない。主だった者が集まれる日時を確認するのに手間取って遅れてしまった。まあお前なら、たとえ直前に知らされたとしてもうまくやってくれるだろう。巫女姫様を美しく装わせて、帝国の顔を立てて、足りないところはカバーして、うまく立ち回ってくれるだろう?」
(信頼が……重い……!)
信頼されていると喜ぶべきなのか、それが裏目に出たと悩むべきなのか、悩む。
クロフトは非常識な無茶を言っているわけではない。一般的な貴族の令嬢であればそれで大丈夫なのだ。問題はルシンダがそうではないということだけで……クロフトたちには想像もつかないくらい初手の初手から躓いているということだけで……それが大問題だ。
彼女の見た目に品があって、生まれながらの貴族然としているところも誤解に拍車をかける。誰に分かるだろう……結婚を前提に教会から連れ出された彼女が、今ようやく結婚の手前の恋というものを知り始めたばかりだということを。
一応、彼女の身分はまだ巫女姫のままだ。輿入れと同時に還俗することになる。クロフトたちにとっては、その方が箔が付く、ありがたみが増す、くらいの認識なのだろうが……彼女の意識がそちら側に引きずられている一因でもある。要は、浮世離れしたままなのだ。
マナーやダンスはともかく心構えがまったく出来ていないルシンダを、婚約者として帝国の皇子の隣に立たせる? 幸せそうな笑顔を浮かべさせる? …………難題すぎないだろうか?
「頼んだぞ、サンドラ」
「…………お任せください」
出来ない理由を答えるわけにいかない以上、サンドラには、そう答えるしかなかった。




