運命の出会い演出編06
結婚を嫌がるルシンダに甘々の恋物語を勧める作戦は上手くいった。ルシンダは目を輝かせてあれこれと読みたがり、時折眠そうにしながらも課題はしっかりとこなしていく。理想的な展開だ。
ルシンダはサンドラに打ち明けてくれた。
「わたくし……色々なことが怖かったの。一生を教会で過ごすものだと思っていたから、輿入れなんてとても考えられなくて……」
彼女は還俗を考えておらず、巫女姫としての務めを果たせなくなっても聖職者として教会に残るつもりだったそうだ。
だが、俗世に――しかも権力の中枢近くに――引きずり出され、国で最も尊い存在として嫁げと言い渡され、慣れない環境であれもこれもと詰め込まれて追い込まれていたのだと。
サンドラは頷いて相槌を打つ。様々な重荷が一気にのしかかり、しかも責任を負わされて、結婚しろと命じられる。教会にいた身にとっては最も縁遠いものだったはずの結婚をしろと。
(本人にしか分からないでしょうけれど、私の想像が及ぶべくもないストレスがかかったでしょうね……)
巫女姫本人はどこまで悟っているか分からないが、その立場は最も尊く――最も不安定だ。状況が変わったら捨て駒にされうるものだ。帝国との関係がこじれたり、皇帝が力を失ったりしたら、国内からの突き上げによってあっさりと転覆しかねない。二十年ほど前に位を追われた王族たちも、当時の国王夫妻は亡くなって直系の血筋はいないとされているが、王家の血を継ぐ者は依然として多い。状況が変われば、担ぎ上げられたり、我こそはと名乗りを上げたりする可能性は充分に残っている。彼女はそうした者に権力を――あるいは、命をも――奪われかねないのだ。
代を経て王座を継いできた一族でさえそれなのだ。それなのに、巫女姫は血筋の裏付けさえ持たない。教会の後ろ盾がすべてだが……教会は、聖王は、新しい巫女姫を立てることもできる。ルシンダにとって最大の頼みの綱であり、裏切られると最も恐ろしい敵でもある。
そうしたことに考えが及んでいるか、あるいはまったく考えていないか……分からないが、少なくとも現時点では、サンドラからそうした話をするつもりはない。前者であればさらに追い詰めてしまうし、後者であれば藪蛇だからだ。
結局のところ、ルシンダにとって最も好ましい筋は、夫となる帝国の皇子と良い関係を築くことなのだ。そうすれば権力も増し、できることが増える。不要であると切り捨てられる可能性が減る。聖王さえ絶対の味方にはなりえない彼女にとって、味方にすべきは皇子なのだ。子供を儲けられれば立場はさらに強まる。
……のだが、子供を、という話を出すのも時期尚早だろう。なにしろ彼女は、恋というものをようやく認識しだしたところなのだから。
「恋って……素敵なことなのね。それに、その延長線上にある結婚というものも。本来は……」
物憂げに溜息をつき、ルシンダは言う。サンドラはどう答えたらいいか言葉を迷った。
いくら言葉を飾っても、ルシンダのそれは政略結婚だ。互いの……個人ではなく周りの、国の、利益のためのものだ。
(とりあえず……結婚というものを肯定的に意識させることはできた。それはいいとして……次は、どうやって彼女自身の結婚に前向きにさせるか。それを考えるべきね)
内心で方針を固めようとしたサンドラだったが、ルシンダの次の言葉に表情が固まった。
「わたくし、頑張るわ。きちんと課題をこなして、求められることを行って……そうやって正しく過ごしていれば、きっと素敵な方が現れるはずね。正しい行いは神様も見てくださっているわ。だから、意に沿わない結婚を強いられそうになっているわたくしを神様はお見捨てにならない。きっと素晴らしい出会いがあって、運命の相手がわたくしをこの境遇から救い出してくださるの……」
「……あ、の…………?」
「だってそうでしょう? 本人たちの意志を無視した結婚なんて、どう考えてもおかしいもの。上手くいくはずがないもの。だからこれは、神様の与え給うた試練なのだわ。力なき人間は試される存在だけれど、その中でできる限りのことを行って、その誠を神様にお捧げするの。そうすればきっと、すべてが上手く行くはずなの」
(そんな保証、どこにもないのだけれど…………!?)
うっとりと指を組んで宙を見つめるルシンダに、サンドラは突っ込みたい衝動を堪えるのに苦労した。
理想論だ。べき論だ。きれいごとだ。……だが、彼女の中では揺るがない考えになってしまっている。
(ちょっと待ってちょっと待って、教会の教え込んだ敬虔さと理想主義と、恋物語のご都合主義が、妙な化学反応を起こしてしまったんじゃない……!?)
部分的に正論なのがまたさらに手に負えない。確かに彼女の結婚は周りの都合によるもので、恋愛感情よりも損得勘定が先立つもので、人間の生物的な側面による恋とは合致しないものかもしれない。だが、それを悪とみなす潔癖さは、巫女姫らしくはあるが……世渡りには適さない。甘くない損得ずくの計算が渦巻く支配階級では寝言にも言わないような世迷い事だ。
(まずい……どうしよう……)
教会で育った箱入りの巫女姫は、やはり巫女姫だった。理想家で、きっと正義感も強いのだろう。間違った――と自分が思う――状況は正されるべきだと、無邪気に純粋に信じ込んでいる。信じれば世界は変わるのだと思い込んでいる。
それはきっと、母に守られた幼子のままの純粋さだ。神に守られているという感覚を持つ彼女は、世界が自分にとって不都合なものであるという可能性を考えすらしない。自分が世界の方に合わせるべきかもしれないなどとは欠片も想像していない。
(…………どう矯正すればいいの、これ…………?)
サンドラは天を仰いだ。




