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運命の出会い演出編05

「ねえサンドラ、何をそんなに熱心に読んでいるの?」

「ルシンダ様!?」

 ひょこっと顔をのぞかせたルシンダに、本を読んでいたサンドラは慌てたように振り返ってみせた。

 ここはルシンダの私室、応接間の続きにある小部屋だ。ルシンダの信頼を勝ち得たサンドラは、休憩を彼女の私室で取ることを許されている。ついでに言えば、名前を呼ぶことも許されている。

 休憩時間に本を読むのは何ら咎められる行いではない。それなのに後ろめたそうに後ろ手に本を隠したサンドラに、ルシンダは興味を惹かれたように近付いてきた。

(……かかった)

 内心でサンドラはそんなふうに思っている。ルシンダの目につきやすいように、わざと入り口から見えるところで読書をしていたのだ。

「……巫女姫様のお目にかけるようなものではありませんよ」

「あら、ルシンダでいいと言ったのに。呼び方が戻ってしまっているわ。……何か、隠しているの? サンドラが慌てるところ、初めて見た気がするわ」

 ルシンダはいたずらっぽく目を躍らせた。サンドラの珍しい様子に興味を惹かれた様子だ。

 それも道理だ。サンドラはルシンダに対して、常に「頼りになる冷静な侍女」として映るように振舞っている。勉強で分からないところがあれば教え、それどころか勉強の方法から教え、マナーのお手本になり、そつなくルシンダを気遣い、朝早くから夜遅くまで眠そうな表情を見せず、与えられた仕事だけでなくそれ以上のことまで素早く的確にこなす。そうしたサンドラが見せた「隙」にルシンダは興味津々のようだ。――そうなるように、誘導した。

 そんな意図は露ほども見せず、サンドラは困り顔を作った。

「……たいしたものではありませんから……」

「それならわたくしが見たって構わないでしょう? ね?」

「……いえ、その……」

 サンドラは弱り切ったような様子を作りつつ、微妙に塩梅を調整した。嫌がっているのではなく困っているだけだと印象付けたのだ。

 サンドラが本気で嫌がっていたら、素直なルシンダはそのまま引き下がっただろう。だが、サンドラは困りつつも、秘密を誰かに話したがっている子供のように、そわそわとした様子も付け加えた。

 うまく伝わったらしく、ルシンダはさらに近付いてきた。観念したふりをし、サンドラはおずおずと一冊の本を差し出した。分厚い学術書ではなく、表紙に額縁のように花が描かれ、その中に向き合う男女の横顔のシルエットが入っているものだ。型押しなどではなく、廉価な印刷物だ。

「これは……?」

 サンドラは恥ずかしがるそぶりで答えた。

「その……流行りの小説なのです。実は私……こういうものが好きで……」

 目を伏せ、少しだけ頬を染めてみせる。

 実際、嘘はついていない。読み物ならサンドラは何だって好きだ。甘ったるい恋愛ものを特に好むわけではないが、わりと何でも楽しんで読める。浸るよりも突っ込みながら読むことの方が多いが、それは黙っておく。

「ふうん? 読み物なのね。子供向き……というわけでもないのかしら」

 ぱらぱらとめくり、ルシンダが小首を傾げる。

 案の定、巫女姫はこういった大衆的な読み物を知らないようだった。まずは興味を惹けた、とサンドラは内心でほっと胸をなでおろす。安っぽくてけばけばしいものを選ばず、この手のものとしてはやや硬派で王道的なものを選んだが、正解だったのだろう。

「あの……ルシンダ様。もういいでしょう……?」

 もう一押し、とサンドラは小芝居をした。子猫の前で玩具を隠そうとするようなものだ。ルシンダはそうした様子を見せられたら食いつくだろう、と計算している。

 そんなサンドラを面白げに見つつ、ルシンダは本を取られないように躱した。

「あら、まだよ。サンドラが夢中になるくらい面白いのでしょう? 気になるわ。ちゃんと読ませてちょうだい。少しだけ借りてもいい?」

「……課題をおろそかになさらないなら、いいですよ」

 しぶしぶといった様子を見せながら、譲歩するかたちで――サンドラは、ルシンダに甘々の恋愛小説を布教した。


 ――効果は、覿面だった。

「ねえサンドラ、続きはないの? え、違うシリーズがある!? そちらも気になるわ……!」

「この作品、途中がすごくじれったくて……! でも幸せな終わり方でよかったわ……!」

 サンドラが貸した最初の一冊はその日のうちに読み切ってしまったらしい。翌朝、眠気と戦いつつ――教会ではこういうところも鍛えられるらしい――課題をこなしていた彼女が、サンドラを見つけるなり目を輝かせて身を乗り出したのだ。

(……ちょっと、効きすぎたかしら……?)

 大衆的な娯楽小説は、教会で過ごしてきた箱入りの巫女姫にはインパクトが強かったらしい。こうした読み物はお約束に従って面白さのツボを押さえており、ある程度以上の満足感を得られるように作られている。サンドラが選んだ一冊は王道的で評価の高いものだ。入門にはぴったりだろう。一応、子供に読ませても大丈夫なくらいの作品を選んだ。

 やりすぎただろうかと思いつつ、態度には出さない。代わりにサンドラはこう言った。

「楽しんでいただけたなら良かったです。少し……俗っぽくて恐縮なのですが。でも、よろしければ私のおすすめを他にもお貸しいたします。面白さを共有できたらと……」

「まあ、楽しみだわ! ぜひ読ませてちょうだい! 約束ね!」

 はしゃいだ様子のルシンダに、少し釘を刺す。

「こういったものを読むのは俗っぽいと良い顔をされないことも多いので、内緒でお願いしますね。代わりに私がおすすめをお貸ししますし、お好みのものをお探ししますから」

「ええ、そうするわ! サンドラに任せておけば間違いないものね!」

(良かったわ……ひとまず私を通してもらうようにできて。下手にご自分で探されたりしたら大変だものね。過激な作品もあることだし……)

 犯罪や裏社会などはもちろん、情事の描写も巫女姫には読ませられない。生々しく赤裸々な描写を下手に読ませてしまっては裏目どころかすべてが水の泡だ。結婚など恐ろしいと教会に逃げ帰ってしまう。……そして国ごと潰されてしまう。

(……性教育って……もしかして、そこまで私がしないといけないの……? たぶん城で教えられるのって、殿方にすべて任せておきなさい、従順にしていなさい、そのくらいのことよね……?)

 甘い恋物語を胸に抱えてきらきらと瞳を純粋に輝かせるルシンダから、サンドラはそっと目を逸らした。

(……そのあたりは花婿殿に頑張ってもらうことにしましょう。そうしましょう)

 そのためにも、ルシンダには甘く激しい恋に落ちてもらわなければならない。もちろん帝国の皇子を相手に。

 一歩進んだのだか余計に気苦労が増えたのだか分からない状況からも、サンドラは今だけと言い訳をしつつそっと目を逸らした。

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