運命の出会い演出編04
巫女姫付きの侍女になったサンドラは、まず問題点の洗い出しを行った。彼女が帝国の皇子に輿入れするにあたって、何が問題となるかの確認だ。
懸念されていた知識不足やマナーの欠如は、その日までに完璧になるとまではいかなくても、この調子ならまずまず及第点を出せそうだ。
教会は古くから学問の面で大きな役割を果たしてきたこともあり、聖職者の教育レベルは高いようだ。古い時代の写本が多数所蔵されていたり、医学や薬草学の知見が蓄積されていたりもする。神への奉仕に必要となる古典語は各学問への応用が利き――学問用語は多く古典語によるものだ――、神の創り給うた世界を理解するための算術もまた多くの学問の基礎となる。
教会の中でもひときわ特別な存在である巫女姫が無教養なわけはなかったのだ。これはサンドラにとって嬉しい誤算だった。ルシンダの学問への取り組み方も勤勉で素直、分からないところを隠したり恥じたりしない。教師にとっては、プライドの高い令嬢よりもこちらの方が教えがいのある生徒だろう。
マナーについても、やや古式ではあるもののテーブルマナーが身についており、言葉遣いも同様で、このあたりはむしろ必要以上に矯正しない方がよさそうだった。巫女姫という特別性を武器にするのだ。古式ゆかしい丁寧さは社交界でも一目置かれるだろう。彼女の美貌が加われば説得力は倍増だ。
勉強への姿勢、教師への態度、呑み込みの早さ、城の生活への順応性……どれも問題がない。そして、サンドラはルシンダとの間にある程度の信頼関係を築くことにも成功し、これも問題ない。
問題は……ひとえに、これだ。結婚への忌避感。
サンドラは顔合わせの時以来、結婚を連想させる言葉を使っていない。ルシンダの警戒心を解き、信頼を得ることを優先したためだ。必要なら嫌われ役でも何でも引き受けるのだが、腹心の侍女という立場には代えられない。何でも相談できる頼りになる侍女という役目に徹するのが最善だと判断している。充分な信頼を築かずにストレスを溜め込まれたり爆発されたり逃走されたりしては困るのだ。
サンドラの口からは結婚に類する言葉を出さないが、メイドたちに言わせてみて反応を探ったりはしている。避けては通れない事柄だからだ。
だが、そのたびにルシンダは顔を強張らせる。恐れている。嫌がっている。――問題は、そこだ。
(数少ない問題が……大問題だわ。結婚を嫌がるという……。いつまでも先送りにするわけにはいかないし……)
そうした考えをおくびにも出さず、話題を変えるように話しかけるルシンダに笑顔で相槌を打ちながら、サンドラは内心で思いを巡らせる。
帝国の皇帝は多くの妃を持ち、多くの皇子と皇女がいる。そして皇子たちを周辺諸国に婿として出し、国ごと支配下に入れていくのだ。
帝国は国というより国の集合体、大規模な通商圏のようなものなので、各地域というか各国のありようを変えようとはしていない。逆らう勢力は叩き潰すが恭順を示す者はそれでよしとする、そんな存在なのだ。
その帝国と、この王国の上層部はすでに合意を結んだそうだ。
帝国の皇子を巫女姫の婿として迎え入れること。その際に聖王は王座を皇子に譲り渡すこと。その代わりに教会は庇護されること。おおむねそんな感じだそうだ。上に立つ者は変わるし税制も少し変わるが、一般の国民の生活に大きな変化はない。
王国の上層部、意思決定を担う人々はおおむねそれを既定路線として動いているが、中には帝国に下ることをよしとしない者や、巫女姫を守ろうとする者などもいる。少数派だが無視はできない。
そちらも問題ではあるが、さすがにサンドラ一人の手には負えない。クロフトたちが動くだろうし、サンドラはサンドラで解決しなければならない大問題がある。――巫女姫が結婚を嫌がっていることだ。
彼女が結婚を忌避するあまり反対勢力と結んだら厄介なことになる。脱走を企てたところを帝国の者に押さえられたりしたら国全体に影響が及びかねない。ただ結婚が嫌なだけだという言い訳は通用しないだろう。それが王国の意志なのか、それならこちらにも考えがある、と帝国が軍を上げたりしたら目も当てられない。
だからどうしても、ルシンダには結婚に前向きになってもらわなければならないのだ。
サンドラ自身はもちろん、クロフトや他の大多数の有力者と同じく、帝国に下ることがこの国にとって次善、避けられないとみている。最善はもちろん帝国が王国を放っておいてくれることだが、そうもいかない以上、これが現実的に取りうる道だと考えている。
帝国のふるまいを見ていると、逆らう者は容赦なく徹底的に潰し、搾取し、滅ぼしている。だが形だけでもへりくだれば被害は最小限で済む。一般の国民はそのままほとんど何も変わらない生活を送れるし、理不尽に殺されたり文化が破壊されたりもしない。
それもひとえに、帝国の継承の性質によるものだ。
皇帝は領土を広げたい。息子たちに領土を与えたい。だから、その領土をわざわざ荒廃させることはしない。民族的な対立や歴史的な怨恨があるわけではないからだ。
クロフトの言ったように、領地を持つ貴族の継承のような感覚なのだ。皇帝にとっては、国々がそうしたものに見えているのだ。規模が違いすぎるのだが。
ともかくもその皇帝と――帝国と合意を交わし、巫女姫が帝国の皇子を婿とすることに決まった以上、ルシンダをそのように教育していかなければならない。心構えをさせていかなければならない。
――ので、サンドラは一計を案じた。




