結末はお約束の大団円編07
「ええっ!?」
(何が「ええっ」だ……!)
サンドラはこめかみに手を当てた。こんな計画性のない駆け落ちが上手く行くと本当に思っていたのだろうか。
「見つけたのだから、連れ戻します。私がそうしなくても、巫女姫と護衛騎士が失踪したとなれば帝国と王国が威信をかけて探し出して連れ戻すはずです。どうお逃げになっても」
「でも、恋物語の中で……」
「駆け落ちが上手く行くのは、捜索を躱せたり駆け落ち先に伝手があったりする場合だけです。国の重要人物が勝算もなく逃げて上手く行くものではないのです。そもそもお相手のドミニク様に何も言わず、計画性もなく駆け落ちというのは無理がありすぎます。現に私たちもすぐ追い付きましたし」
「僕たちが追い付けたのは君の特殊技能のおかげもあると思うけどね」
サンドラは茶々を入れる皇子を黙殺した。
「とにかく、戻っていただきます」
「でも……」
「戻りましょう、ルシンダ様」
嫌がる彼女を説得したのはドミニクだった。
「私が軽率でした。気晴らしになればと思ったのですが、まさかそんな事情を抱えておいでだったとは……」
物思わしげに首を振って続ける。
「私との未来をご覧になったのですよね? どんな未来に私がいたのかは分かりませんが、そこには絶対に殿下もおられたはずです。私は護衛騎士として、主君の未来にどこまでもお供する覚悟でおりますから」
(…………!?)
サンドラは瞬いた。まさかとは思うが、ドミニクは何も分かっていないのだろうか。
(これ、気付いていないの? どういう意味か分かっていないの!? そんなわけないわよね!?)
(いや、これがドミニクだ。間違いなく、分かっていない)
(ルシンダ様が政略結婚を嫌がって、自分を相手に駆け落ちをしたというのに!? ちょっと鈍すぎるでしょう!?)
(元々だ。政略結婚を嫌がっているのは不安だからとか、そういう超解釈をしているのだろうね。僕のことを結婚相手として嫌がっているとは欠片も想像していないだろう)
(鈍すぎるし盲目すぎる…………!)
視線だけでサンドラはフェリクスと意思疎通をした。複雑なやり取りをしているようだが、サンドラはひたすら信じられない思いを顔に出していただけだ。フェリクスはといえば、達観したような諦めたような、もはや慈母めいた表情を浮かべていた。
二人がそんな声なき会話をする横で、ルシンダは「ドミニク様……」と目を潤ませていた。彼の忠誠心が琴線に触れたらしい。
突っ込みどころしかない混沌とした状況のなか、サンドラは一つだけ確信した。
(ドミニク様に、駆け落ちは絶対に無理だわ……)
それだけは確かだった。
二人を無事に連れ帰ったサンドラたちだったが、やはりと言うべきか、巫女姫と護衛騎士がいよいよ怪しいという噂が広まってしまった。もともと怪しまれていたところに、この駆け落ち騒ぎが止めを刺した形だ。
サンドラもそれは予想していた。予想して、口止めはもちろんのこと、偽情報をばらまいたりして対策をしていたのだが、それにも限界があった。ルシンダがいよいよ恋心を隠してくれなくなったせいが大きい。
(ここからどうすればいいのだろう……)
サンドラは頭を抱えた。
さすがのサンドラでも手に負えない状態になりつつあった。ここまで噂が広がっていなければ、サンドラがドミニクと噂になるように振る舞ってカモフラージュする手などもあったのだが、もうそれでは済まない段階に来てしまっている。今からそれをしてしまうと、単にドミニクが二人を相手にする浮気者だということになってしまう。ルシンダとドミニク、この二人の関係がもはや確定的になってしまっている。
ルシンダの心は完全にドミニクに向いている。幸せな花嫁としてフェリクスに嫁ぐ未来がまったく見えない。フェリクスとの婚姻の場で見せる表情は間違いなく、思い人との結婚が叶わなかった悲壮感に溢れた顔だろう。……そんな顔を、王国の代表にさせるわけにはいかないのに。
それなのに、ルシンダとフェリクスの結婚式の日は着実に近付いてきている。それは二人が社交界で問題なく振る舞っているからで――ルシンダのそれはフェリクスの的確なフォローあってのものだが――、問題がなければ王国も帝国もこの縁談をさっさと纏めてしまいたいのだ。国内の反対派などの横槍が入る前に。
たとえば、こういうことだ。
「ちょっとあなた! どういうつもり!?」
パーティの場で、エイミー・ロートレットが――教会から距離を置くロートレット侯爵の娘、自身が帝国皇子の側室になることを狙う令嬢が――声高くルシンダを非難した。非難しつつも、その表情は怒りを感じているようではない。獲物を見つけた肉食獣のように喜悦を浮かべている。
しかもそのパーティの場には、役者が揃っていた。パートナーのフェリクスと補佐役のサンドラはもちろん、重要な場だから外すわけにはいかなかったドミニクも、宰相クロフトも、聖王も。
その全員の前で、エイミーは嬉々としてルシンダの不実を咎めた。




