結末はお約束の大団円編06
(聖王が、過去を……!?)
サンドラは目を見開いた。ルシンダの言葉をそのまま信じるわけではないが、それが本当なら説明がつく。どうして彼が、自分とクロフトしか知らないはずの過去を知っていたのか。まさかそんな風に答えが出てくるとは。
サンドラもクロフトもそのことを誰にも話していないし、聖王がその場にいたということもほとんど考えられない。クロフトの私有地の森に勝手に入り込んでいたら大問題だし、そんな意味もないだろう。
(もしかして……聖王が「蜜蜂の群れ飛ぶ花樹」などと持って回った言い回しをしたのも、その過去を直接見たからかも……針槐の名前を知らなかったのかも……?)
いろいろ説明がついてしまう。考え込んだサンドラに、フェリクスが聞いた。
「もしかして、何か心当たりがあるの?」
「ええ、聖王猊下と少しお話しした時のことを思い出しまして。ルシンダ様、それは本当なのですか?」
「ええ。他言しないでね」
「しませんが……聞いてよかったのでしょうか……」
「知ったからといって神様から罰を受けるようなことはないわ。ただ、教会関係者に知られてしまうと都合が悪いの。みんなこのことを隠そうとしているから。黙っていれば大丈夫よ」
それは大丈夫と言えるのだろうか。サンドラは突っ込みそうになったが、フェリクスの言葉で中断された。
「それはもしかして、聖職者の身を守るためなのかな? 聞くだにとんでもない能力だしね」
「はっきりと言われたわけではありませんが、わたくしはそう思っています。わたくしも、幼い頃はこの力のせいで白い眼を向けられましたし……教会に保護される代わりに囲い込まれる、そんな暗黙の理解ができていると思います」
ルシンダは考え深げに言葉にした。そうしていると立派な巫女姫に見える。……駆け落ち先の花畑にいるとはとても思えない。
「神に仕えるわたくしたちは、神の世界のことを垣間見ることが許されるのです。神の世界とは人間の世界と対をなすもの……人間に許された『現在』ではなく、『過去』と『未来』の世界。それが神の世界なのですわ」
「……興味深いね。この世が人々の世界で、その他、それこそ死後の世界が神の世界なのかと思っていたよ」
確かに、そうした考えが帝国に限らず一般的な認識だろう。教会の言う「神の世界」が、人間の手の届かない過去と未来であるというのはなかなか面白い話だ。
主君たちが話しているのでドミニクは一歩下がり、控えるようにしている。そのドミニクを見ながらルシンダは続けた。
「わたくしや聖王猊下のように顕著な能力ではなくても、素質があったり修業を積んだりした者は過去や未来に対して感受性が鋭くなるの。男性は過去を、女性は未来を……それは神様の世界を覗き見ることに等しいのです」
(なるほど……)
ルシンダの話を確かめようと思ったら、彼女の未来視が実際の未来と重なるものだと示す必要がある。この場ではどうにもできないが、与太話と切り捨てるには重みがありすぎた。
ずっと疑問だったのだ。なぜ教会がこれほどまでに信仰を集めているのか。全く何もないところに求心力は生まれない。
教会は実際に、力を隠し持っていたのだ。たとえ自分ではコントロールが効かないものだとしても、たとえほんのわずかであっても、過去や未来を視るとなればその力の大きさは計り知れない。雨を降らせただのという眉唾物の教会の事跡も、そうした力があれば為しうる。雨がいつ降るかを知っていればいいのだから。
それは分かったのだが……
「……で、ルシンダ様は、ドミニク様との未来を視られたのだと」
「ええ、そうなの」
言葉では取り澄ましているが、彼女の雰囲気はまさに花が咲いたようだ。周り中が花畑なのも相まって色々と飽和しそうだ。いっぱいいっぱいだ。
(その巫女姫の力の発露がこんなに色ボケていていいのだろうか……)
ちょっと聖王のそれと違いすぎないだろうか。まあ聖王が色ボケていたらそれはそれで大問題なのだが。
サンドラたちが責め立てる様子を見せないからなのか、それともドミニクが見ているからなのか、ルシンダは色々と素直に話してくれている。サンドラはついでとばかり確かめた。
「聖王猊下は過去を視るということですが……場面を意図的に指定したりはできないのですよね?」
「できないと思うわ。できるとは聞いたことがないもの。わたくしたちはあくまでも、神様に許されて少しだけ見せていただく立場なのですもの」
「そうなのですね……」
聖王に過去を視られて秘密を握られたことは痛いが、偶然あの場面を視られたということなら不運だったと割り切るしかない。
それに、ルシンダのおかげでこちらも教会の弱みを握った。向こうがサンドラの出自を明かすぞと圧力をかけてきたとしても、こちらは教会がひた隠しにしている聖職者たちの能力を明かすぞと脅し返すことができる。
いろいろと派手な教会の事跡も、権威を増すためだけではなく、実際のところを、過去視や未来視をカモフラージュするためのものだとすると余計に頷ける。
これで、サンドラと聖王は互いに弱みを握り合った。真実を互いに知った、ということになる。もはや一方的に弱い立場ではなく、あとは使い方次第だ。
「未来のことはともかく……ルシンダ様、戻りますよ」




