運命の出会い演出編03
――そして、巫女姫ルシンダとの顔合わせの後。
(泣きたいのはこちらなのだけど…………!?)
今にも泣きだしそうなルシンダに、サンドラも釣られて泣きたくなった。もちろん傍目には眉一つ動いていない。
(ちょっと待って……初っ端から躓くなんて聞いていないのだけど……)
円滑な輿入れのために遣わされたというのに、当の本人が結婚を望んでいない。そこからか! と心の中で突っ込んでしまう。
これもマリッジブルーというものなのだろうか。こちらの顔が青くなりそうである。本人の説得が最初の仕事だなんて頭痛が痛いが、矜持にかけてやり遂げてみせる。
(いえ、でも予想できたはずね……)
巫女姫は箱入りだ。教会には聖王をはじめ男性もいるが、恋の対象にはなりえない。恋愛関係が発覚すれば罰せられたうえに破門されるからだ。そうした事態に陥りそうになってしまったら、自ら還俗を申し出るという道は残されている。
もっとも、一般の聖職者ならともかく、巫女姫が自分の意志で還俗できるものかサンドラは知らない。見出されるのも素質によってであるし、その資格を失ったと判断するのも聖王たち高位の聖職者のはずだ。……その聖王の意向で還俗させられ、結婚させられようとしているのが巫女姫の今の状況なのだが。
ともかくも巫女姫の近くにいた男性は神に身を捧げている者ばかりだったはずで、そんな環境で祈りの日々を過ごしていた少女がとつぜん政略の場に連れ出されて結婚しろと言われたら、それは確かにつらいだろう。
サンドラは素早く切り替え、控えていたメイドにお茶の支度を言いつけた。そして気づかわしげな表情を作り、ルシンダに少し近付いた。
「巫女姫様……お顔色が優れないご様子。いまお茶を用意させましたから、おかけになりませんか」
ルシンダは瞬いた。窓の外を眺めながら思い悩んでいたらしい彼女は、素直に頷いて猫足のソファに腰を下ろした。
「ありがとう。そうするわ」
歩いて座るだけの所作だが、サンドラは鋭く視線を走らせた。教会での修業には所作に関するものもあるため――みっともない振る舞いでは神に対して失礼であるし、信徒への示しもつかないので――、ルシンダの動きは悪くない。きちんと一歩一歩に神経を遣っており、どたどたと足音を立てることもない。体を意識して使っている。
そう、サンドラによる花嫁修業はもう始まっているのだ。本人がいかに嫌がろうと関係なく、ルシンダの輿入れは決定事項だ。
(……とはいえ、無理強いするわけにはいかないけれど。それなら……嫌でなくなるようにしてみせるまでよ)
まさか首に縄を付けて花婿の前に引きずっていくわけにもいくまい。人道的にどうかという話はもちろんだし、それに、巫女姫には幸福な花嫁になってもらわなければならないのだから。それが国のためだ。
お茶の用意が届くと、サンドラはポットからカップにお茶を注ぎ入れつつ色と香りを確かめた。少し濃くなっているようだったのでミルクを多めに調整して出す。砂糖は一つがルシンダの好みだ。
そのあたりのことは一通り確認済みだ。クロフトから命令を受けたのが昼前、そこから三時間もあれば重要なことはざっと確認しておける。……もっとも、結婚を嫌がっていることは調べられなかったのだが。
そもそもそこで躓くと思っていなかったのだ。これは自分が悪かった。もっとさまざまな可能性を想定しておくべきだった。
そうした思いをおくびにも出さず、サンドラはルシンダの前にティーカップを置いた。
そしてさりげなく、彼女の少し斜め後ろに控えた。手が届かない距離で、横目で見えるぎりぎりの位置だ。まったく見えないと背後を取られる不安を掻き立ててしまうし――使用人など人とも思わず、まったく目に入らない方がいいという者もいるが、巫女姫はそうではなさそうだ――、かといってあまり存在感を出すのもよろしくない。真正面に陣取るのはもってのほかだ。
「………………」
ルシンダは黙って紅茶をすする。いや、すすっているのは滲み出た涙のせいかもしれない。
作法についてはこの場で指摘することはしない。まずは心を解してもらうことが先だ。
「巫女姫様、よろしければこちらを」
ミルク入りの暖かいお茶でほっと息をついたところを見計らい、サンドラはさりげなく進み出てお茶の支度とともに用意させていた小箱を開けた。この部屋に入るときにメイドに預けておいたものだ。
「まあ! きれいね」
小箱の中に収められていたものは、花をかたどった淡い色合いの砂糖菓子だ。薔薇やスミレなどはそれぞれの花で色と香りをつけてある。紅茶に溶かしても美味しいし、お茶請けとして摘まむのもいい。甘いものは心を解すのにちょうどいいので用意しておいたのだ。
ルシンダは楽しげに眺めていたが、星形の白い花を指して首を傾げた。
「これは何の花なの?」
サンドラは微笑み、答えずに言った。
「どうぞ、お手に取って香りをお確かめになってください」
ルシンダは言われた通り、トングで花を小皿に乗せ、顔に近付けた。そして目を輝かせた。
「分かったわ、オレンジね! オレンジの花ってこんな感じなのね!」
「仰る通り、当たりです。では、その横に入っている花は何だと思われますか? 今度は香りのヒントは無しで」
「え……? オレンジの花によく似ているけれど、花びらの根本がもう少し細くなっているようね。うーん……分からないわ」
「ではヒントを。オレンジは甘いですがこちらは酸味が強く、紅茶にもよく合います」
「レモンね! そうじゃない!?」
「当たりです。どうぞ香りもお確かめになって、よろしければお召し上がりください」
「わあ……素敵!」
ルシンダは顔を綻ばせ、サンドラの勧め通りに香りを確かめた。花びらを剥がすように小さなフォークを使い、口に入れて頬を押さえる。笑みがこぼれ、涙をこぼしそうだった目がきらきらと輝いている。
その様子を微笑みながら見守り、サンドラは胸中で上首尾に満足した。
(喜んでもらえているようね。ひとまず良かったわ)
輿入れという言葉を最初に出してしまったが、その後は軌道修正をし、その話題に触れずお茶にしたのは悪くない判断だった。サンドラからいつ輿入れだの何だのという言葉が飛び出すかと恐々としていた様子だったルシンダが、今はずいぶんとくつろいだ笑みを見せている。ひとまずはこれでいい。
「どれも美味しい! オレンジとレモンも似ていたけれど、チェリーとリンゴも花は似ているのね! 知らなかったわ……」
「種としては近いのです」
さりげなく知識を入れつつも押しつけがましくはしないサンドラに、ルシンダは向き直って笑った。
「ねえ、あなたも一緒に食べない? こんな素敵なもの、一人で食べるのはもったいないわ」
「よろしいのですか? では、ありがたく」
同席の許可を取り付け、サンドラはうまくいったと心の中で拳を握った。




