結末はお約束の大団円編04
サンドラとフェリクスは弾かれたように振り向いた。侍従は息せき切って伝えた。
「移動手段を虱潰しに調べた結果、朝方に厩から引き出された馬の一頭が逃亡に使われた可能性が高いと分かりました。騎士が一人で借りに来たということです。他にも使用者の確認が取れない馬がいたり、出入りの馬車がいたりするので、そちらも引き続き調べていきます」
「ありがとう。よくやった」
フェリクスのねぎらいの言葉に侍従は深く頭を下げ、また忙しげに戻っていく。
フェリクスはサンドラに確認した。
「巫女姫は馬に乗れなかったよね?」
「はい。そのはずです。ですので、二人乗りなら馬は一頭で充分かと」
厩の中にまでルシンダを一緒に連れてくる必要などないから、外で待たせていたのだろう。厩に貴人の女性が来たらさすがに印象に残りすぎる。
「とりあえず、その厩に向かおう。君はどうする?」
「私もそちらへ参ります。一人はこの部屋に残った方がいいかもしれませんが、侍女の私では殿下の配下の方々もやりにくいかと思いますので」
「侍女だという理由で君を軽んずる者はいないと思うけれど、それなら一緒に行こうか。僕はここに滞在してまだ日が浅いし、城の周りの道も把握しきれていないから君の知見が欲しいな。情報はまとめておいてもらうことにしよう」
フェリクスは言うと、サンドラを連れて厩に向かった。厩番と情報をやり取りし、朝方に来た騎士はおそらくドミニクである可能性が高いだろうと確かめると、フェリクスは馬を借りたい旨を伝えていた。
「僕は探しに行くつもりだけど、君は?」
「私もそうします。報告を待つだけなのは苦痛ですし、こうなった原因も私にあるので……」
「それは背負い込みすぎだって。馬には乗れるよね?」
「乗れます。私にも馬を一頭お願いします」
「つくづく君って万能だよね……」
厩番に自分の分も馬を引き出すように頼むサンドラに、フェリクスは少し首を振って苦笑した。
何の問題もなく鐙に足をかけ、サンドラは馬上に収まる。侍女というよりメイドの恰好に近いようなドレスは、中でキュロットのように分かれて足を動かしやすいようになっている。スカート部分も生地をたっぷり取ってあるから足さばきの邪魔にならない。サンドラはすでに馬上の人となっていたフェリクスの後について馬を走らせた。
「おそらく二人は街道を行ったはずです」
途中でフェリクスを追い抜き、少し先を案内するようにしてサンドラは位置取る。
二人が発ったのが朝方ということは、気付かれて追跡されるにしても少し猶予があると判断しただろうということだ。追手に見つかるのを防ぐために道を逸れたり森に分け入ったりするよりも、少しでも距離を稼いでおこうという判断が合理的だっただろうということだ。乗馬に不慣れな巫女姫がいることを考えても、道なき道を進むようなことは極力しないだろう。
「……それにしても、まだ信じられないよ」
フェリクスが言った。
「ドミニクの奴と駆け落ちという言葉がいまだに頭の中で結びつかない。恋は人を変えるということなのかな?」
「ええと……どうなのでしょう……」
恋に恋する前からああだったらしいルシンダを思い浮かべ、サンドラは曖昧に濁した。
「それに、あいつは正直すぎるくらい正直な奴だ。前日までまったく態度に出さず、僕に気付かせることなく駆け落ちをしたというのがどうにもね……」
「腹芸ができない方だということですね」
「絶対無理だね。そんな器用なことなんて出来ない。ちょっとした悪戯とか、誕生日のサプライズとか、頑張ってもその程度のことしか隠しておけないと思う」
「なるほど……」
「腑に落ちない点はまだあるんだ。あいつは一生僕の傍を離れないと誓ってる。破られたと言ったらそれまでだけど、そんな半端な誓いではなかったはずなんだ。それに……そもそも駆け落ちをする必要が……」
「すみません殿下、少し馬を止めます」
彼の話を遮る形になって申し訳ないが、手がかりらしきものが視界に入った。そちらに注意を向け、サンドラは馬から下りて辺りの様子を確認した。
このあたりはあまり木々が密に生えておらず、その代わりに下草が茂っている。枝の細い低木も生えていたりするのだが、それが不自然に折れている様子が目に留まったのだ。下草も部分的に踏まれたようなあとがある。
低木の枝を観察するサンドラにフェリクスが声をかけた。
「何かあったの?」
「手がかりが見つかったかもしれません。ここを馬が通ったようです。枝の重なりの部分に馬の毛が残っています」
「本当!?」
「ええ。これは馬です。鹿や狐の毛ではありませんし、高さから見ても馬です。下の足跡も違います」
断言するサンドラにフェリクスが何とも言い難い顔をした。
「君、そんな判別までできるの……?」
「少しですが。猟師から動物の毛の特徴についてや、痕跡や習性について教わったことがあります」
「……つくづく何者……?」
「……一介の侍女ですよ。少し教育環境に恵まれただけの」
クロフト宰相というこの国の実質的な最高権力者に可愛がられて、高度な教育を受けられた。父母の悲劇を知っていたから、身を守ることも熱心に学んだ。肉体的に強いだけでは不十分なので、計算ずくの立ち回りを嫌いつつも考え方を身につけ、貴族社会での武器とした。
それだけではない。いつ何があるか分からないから、生きていく可能性を高めるために、猟師たちからも教えを受けた。身分がなくなっても生きていけるように。クロフトの庇護は強力だが、いつ王城から出て身分を捨てて生きていかなければならない状況になってもおかしくないのがサンドラだ。
「ぬかるみに蹄の跡がくっきり残っています。間隔を見るに、それほど速度を出していなかったみたいですね。蹄の沈み込み具合を見ても、二人乗りで間違いないでしょう」
「……うん、ほんと何者……」




