結末はお約束の大団円編02
フェリクスとルシンダは一緒に社交の場に出ていく機会がさらに増えた。そうなるとフェリクスも、さすがに護衛騎士ドミニクを毎回役目から外すわけにもいかなくなった。
そして当然のように、その問題は起こった。
「……ねえ、巫女姫様って……もしかして……?」
「私も思ったわ。護衛騎士の方と視線を交わして……ねえ? ……怪しいわよね……」
ルシンダとドミニクの仲を疑う声が上がってくる。噂話として、それはサンドラの耳にも届いた。
(ああ……)
話を漏れ聞いてしまったサンドラは片手で顔を覆った。なるべく隠そうとしてきたが、とうとう隠しきれなくなってきたか。
巫女姫が護衛騎士に向ける視線。彼の方を振り向くふとした仕草。そうしたものが人々の目に留まるようになってきてしまった。
(それでも……よく今まで隠してこられたとは思うわ……)
サンドラは項垂れつつ思った。
彼女は知らないことだったが、巫女姫と皇子の仲は良好らしいという噂話がもともと広まっていたので、それがカモフラージュになっていたのだった。
ともかくも、このままにはしておけない。サンドラはルシンダのもとへ戻ると、意を決して口を開いた。
「ルシンダ様、噂になっております」
もう言うしかない。
「サンドラ、何が?」
「巫女姫が皇子の護衛騎士に道ならぬ恋をしているのではないか、という噂です」
「……まあ…………!」
(そこでなぜ顔を赤らめる……!)
普通なら青ざめるところだ。まるで悪気がない。……だからこそ、隠さなければならないという危機感が薄かったのだろうが。
「ルシンダ様。あなたはフェリクス皇子の妃になられる方。そろそろそのお覚悟を決めていただきませんと……」
「……嫌よ」
「ルシンダ様……」
「嫌よ。駄目なの。わたくしにはドミニク様でなくては。本人たちの意思を無視した結婚なんて、あっていいわけないわ!」
ルシンダは涙を零した。サンドラは瞑目した。
(それは正論ではあるけれど……!)
正論だが、理想論だ。現実はそう綺麗には片付かない。人は社会的な生き物でもあるのだから、利害関係や打算や義理やその他諸々の理由を含めて婚姻を結ぶものだ。そもそも婚姻というものが社会的な結びつきであるのだから。単に二人が好き合って結ばれるという素朴さは、少なくともこの貴族社会では現実的ではない。
サンドラの父には当てはまらないが、この国の王は側室を持つこともあった。慣例上、必要上、許容されていた。王族ではなくても、特に有力な貴族であれば複数の愛人を持つこともある。当主が女性でも同じことだ。
そうした当主の妻や夫も、後継者を儲けるという義務を果たした後になら愛人を持つことがある程度許されている。もちろん大っぴらにすると眉をひそめられるし、上手くやらなければ非難を浴びるし、夫婦の間でもある程度の合意をしておかなければならない。だが、恋愛結婚を許されない彼ら彼女らの抜け道ではあるのだ。
「ルシンダ様……お聞き分けくださいませ。これが貴族社会のやり方なのです。結婚は必要に応じて行うもの。表向きには結ばれなくても、好き合った者同士が愛人関係になることもままあります」
「神様の御前で誓わない関係なんて駄目よ、いけないわ……!」
(厄介なところでばかり巫女姫らしさが出てくる気がするのだけど!?)
サンドラは突っ込むのを堪えた。確かに定時の祈りは欠かさないし、城での花嫁修業中も折に触れて教会に通っているし、形の上では立派な巫女姫なのだが……いかんせん、そうではない部分の印象が強すぎる。
「サンドラ、言ってくれたじゃない。わたくしの嫌がることを無理強いはしないって……」
ルシンダがしゃくり上げながら訴える。サンドラはこめかみに手の付け根を当てた。
「ええ、申しました」
確かに言った。無理強いはできないし、しても意味がない。悲壮感にあふれた人質めいた花嫁を王国の代表として公の場に出すわけにはいかないのだ。初めて顔を合わせた時のルシンダの様子を見れば、望まない結婚の誓いを人前で強いられたときにどんな表情になるか簡単に見当がつく。
サンドラは根気強く説得しようとした。
「フェリクス殿下は悪い方ではありません。きっと誰もが羨む花婿におなりです。……少し性格があれかもしれませんが……」
いけない、つい本音が出てしまった。
「……それはともかく、殿下はさまざまな美質を兼ね備えておいでですわ。ルシンダ様ももう少し彼のことをきちんとご覧になってはいかがかと……」
「……見えないわ。殿下との未来なんて……」
ルシンダは嫌々をするように首を振った。
「わたくし、頑張っているつもりよ。殿下の隣で笑って、見つめ合って踊って、殿下と一緒に大勢の方に挨拶をして。……本当は嫌なのに。そういうことの全部を、ドミニク様としたいのに……」
「それは……」
「でもわたくしが頑張るのは、頑張ればきっと神様が認めてくださるからなの。わたくしの思いもきっと通じるはずなの……!」
(まるで成長していない……!)
なんだか似たようなことを以前も聞かされた気がする。ルシンダは悲劇的に涙を零しているが、サンドラの方が泣きたい気分だ。
(いえ、その、殿下の前でとか……そういうことではないけれど……!)
誰にともなく焦って言い訳をする。
だが、サンドラの方が泣きたいというのは本音だ。何が楽しくて、恋した相手との結婚を勧めなければならないのか。しかもこんなに嫌がられてまで。
サンドラは自分の恋を諦めている。だからこそ、ルシンダが彼女の恋を諦めないことに自覚なく苛立ってしまっていたのかもしれない。らしくなく冷静な判断ができていなかった。
ルシンダとの関係修復が出来ないまま――それは起こった。




