恋の障害排除編17
絶対に何か大変なことを抱えているだろう彼女を、少しでも力づけることができればと思い、お茶とお菓子を勧めた。
そして話をしていたのだが……アレックス王の話をしたあたりから彼女の様子がおかしくなった。表情はほとんど変わらなかったが、瞼にぴくりと緊張が走ったのが分かった。
そして、その後の話が彼女の心のどこかに触れたらしい。フェリクスは口実を作り、そちらを見ずに景色を眺めるようにして、彼女が涙を流すままにさせておいた。抱き寄せたいという衝動と戦っていたことは内緒だ。
結局話は聞けなかったが、これはこれでいい。吐き出させることができたのなら。
(それにしても……彼女は、助けを求めないんだな……)
なまじ能力が高いせいか、周りを安易に頼れない環境に置かれていたのか、彼女が助けてと言う姿が想像できない。その身のうちに抱えきれないほどのものを一人で抱え込んで、自分の力で何とかしようと頑張って、それでも追い詰められてしまったのだろう。
そして、なんとなくだが……フェリクスには彼女の抱えるものの想像がついている。
おそらくだが……彼女は、アレックス王の娘――王政が続いていれば王女になるべき存在なのではないか。アレックス王の話が出たときに様子がおかしくなったことも、この推測に裏付けを与える。
サンドラがフェリクスのことを調べていたように、こちらも彼女のことを調べたのだ。巫女姫の傍にいて、宰相を後見人としている有能な侍女。何かあるだろうとは思っていた。個人的に彼女のことが気に入ったからというのもある。
巫女姫の輿入れもまだだというのに、一部の貴族が娘をフェリクスの側室にさせようと動いていることは聞いている。だが、側室にするならサンドラの方がいい。巫女姫は自分に興味がないようだし、それはお互い様だ。なんなら仮面夫婦になってもいいと思っている。世継ぎのことも……何とか辻褄を合わせる算段はついている。諸々の問題を乗り越えてでも、フェリクスはサンドラを手に入れたいと思っている。
しかし、彼女のことをいくら調べても来歴くらいしか分からなかった。調べて分かる範囲では彼女に血縁はおらず、爵位も宰相から譲り受けた申し訳程度のものだけで、そこから何が辿れるでもない。
侍女になる前のことも、幼い頃から城に出入りして宰相に目をかけられ、教育を施されていたということしか分からない。生まれが謎だ。
普通なら、そこで調査は行き詰まる。
しかしフェリクスには、一つの心当たりがあった。
(ほとんどの人は知らない話だけど……王国の国王夫妻が位を追われたとき、王妃は懐妊していた……)
フェリクスはそのことを、王妃と親しくしていた母から聞いた。だから母は余計に王妃のことを案じていたのだが、そのまま獄中で亡くなってしまったと聞いて嘆いていた。
(だが……そうではなかったら?)
国王夫妻は公開処刑されたわけではない。革命を叫んだ者の中にはそれを求める者もいたが、そこまでは周りの者が許さなかった。国王の権力は奪いたくても命まではあからさまに奪いたくないと思う者も多かっただろう。有罪を宣告されてなお国王に従う者もいたと聞く。
国王夫妻はその後、獄中で亡くなったとされたが、それは公表されただけのことだ。遺骸を晒されたわけでもない。
もちろん、それで充分だったのは確かだ。公開処刑を避けたのに遺骸をわざわざ晒しものになんてしないだろう。時宜を失ってからの残酷さは往々にして逆効果になるものだし、公的に亡くなったとするだけで社会的な地位その他の諸々は消失する。国王夫妻が生きているとなっても権力を取り戻すのは至難な状況で、たとえ本当に生き延びていたとしても脅威にはならない。
そうした状況の隙を突いて、国王の子供が……娘が、育っていたとしてもおかしくはない。可能性はある。
(サンドラ……アレクサンドラ。君は……アレクサンダー王の娘なのか…………?)
フェリクスは手元のティーカップの水面を見つめるようにして思考に耽った。
(どうしよう……)
サンドラは動揺していた。皇子の前で醜態をさらしてしまった。
部屋に戻ったルシンダが惚気なのか何なのか分からないドミニクの話をしているが、内容が右から左へ抜けていく。相槌が適当になってしまうが彼女は全く気にしていない。
さらに性質が悪いのが、そのルシンダの気持ちに、今は少しだけ共感できる気がすることだ。
気付いたらフェリクスのことを考えてしまっている自分に、サンドラはさらに動揺した。
掴みどころのない皇子の見せた意外な優しさと気遣いが、父王への敬愛が、追い詰められていたサンドラの心を掻き乱した。醜態を見せた恥ずかしさだけではない何かが、心に居座ってしまっている。
(殿下が思わせぶりなことを言ったりしたりなさるから……!)
八つ当たり気味に思う。最初は本気にしなかった戯言が、今になって効いてくる。本気ではないと思っていたのに、最初から本気だったのだろうか。それとも全くの戯れだったのか、それとも徐々に……?
(~~~~! ……駄目、ここで私が……恋に浮かれてしまうわけにはいかないのだから!)
サンドラは、フェリクスとルシンダを無事に結婚させるという使命を帯びているのだ。彼を彼女に夢中にさせろという聖王の命令は措いておいても、少なくとも形の上では婚姻を成立させなければならない。
(なのに……なんだか……心が痛い……)
ルシンダの輿入れの障害となるものを取り除いていくのが自分の役目だったはずなのに。
……まさか、この結婚において取り除くべき最大の障害となるものが……自分の恋心だなんて。
思ってもみなかった、とサンドラは苦い溜息をついた。




