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恋の障害排除編16

(駄目……こんなところで、泣いたりなんかできない……)

 いろいろと追い詰められていたところに、さらに父母のことを思い出してしまった。そのせいで込み上げてきたものを必死に堪えようとする。そこに、すっとフェリクスが不思議なお菓子を出した。

 お菓子ではあると思う。甘い匂いがする。だがその形状が何とも不思議で、まるで雲のようなのだ。そこに持ち手の棒が差し込まれている。

「これ、帝国で最近流行っているお菓子なんだけど、試してみない? 妖精の糸っていうんだ。食べると顔がべたべたになるけど美味しいよ。お化粧も取れちゃうだろうから僕は横を向いておくよ。素顔の君も可愛いだろうと思うけれどね」

「…………!」

 彼は察している。その優しさが最後の堰を壊した。

 頭を下げてお菓子を受け取る。返事をしたら涙声になってしまうからできない。

 皇子おすすめの帝国のお菓子は、淡雪から冷たさを取り除いたらこうなるだろうかと思うような不思議な食感だった。噛んだ途端になくなってしまう。そして、純粋にどこまでも甘くて……少しだけ、塩の味がした。


 城の中で、皇子の滞在場所はいくつもの部屋を用意されて広く取られていて、バルコニーからの眺めも良く、叫んだりしない限り話し声がよそに聞こえたりもしない。だが、孤立した場所というわけでもないので、バルコニーが上階から見えたりはする。

「…………ふむ」

 二人の様子を執務室から偶然目にしたクロフトは、何やら考え深げに声を漏らした。声は聞こえておらず、遠目なので細かいところまでは見て取れないが、なんとなく雰囲気だけは伝わってくる。

 フェリクスとサンドラ、さすがの二人もクロフトのこの視線に気付くことはなかった。


「参ったな……」

 サンドラとルシンダを見送ったフェリクスは、どさりと椅子に身を投げ出した。

 声も立てずに泣き続けていたサンドラだが、しばらくすると落ち着いてきた。頃合いを見計らって、自分の体の陰に隠すようにして室内に戻らせ、顔を洗いに行かせた。ドミニクとルシンダは幸いこちらにあまり意識を向けず、しばらくして戻ってきたサンドラはいつもとほぼ変わらない様子だった。ルシンダを促して退出する頃には目の赤みも引いていたようだった。

「殿下、どうされました?」

「ううん、独り言。気にしないで。それよりも、ほらこれ」

 手品のようにお菓子を取り出し、ドミニクに渡す。

「巫女姫のおしゃべりに付き合ってくれてありがとう。でも、まだ足りないんでしょ? それ、食べていいから」

 相槌を打ちながらでもお菓子は摘まんだだろうが、彼はその気になればいくらでも食べられる。鍛えられた体は燃費が悪いのだ。

「は、ありがたくいただきます。お話し中にももっと食べたかったのですが……巫女姫様のお話を聞いて、お顔を拝見していると……なんだか胸がふさがるようで、あまり食べられなくて。……私はもしかして、何か悪い病気なのでしょうか……?」

 フェリクスはお菓子を喉に詰まらせそうになった。喉に甘さが直撃する。それを紅茶で洗い流してドミニクを見やった。彼は至極真面目な表情をしている。

(こいつ本気か……? いろいろ鈍すぎないか……?)

 内心が滲み出たフェリクスの視線に怯んだ様子になったドミニクに、投げやりに言ってやった。

「……それはもしかしたら、すごく性質の悪い病気かもね……」

 ドミニクは衝撃を受けた表情になった。

「そんな……! 私はまだまだ殿下にお仕えしていたい、お傍を離れたくないのに……! 医者にかかるべきか、いや診断が下されてしまったら……いやでも病が伝染するものであったら、殿下が……」

「特効薬はお菓子だよ。甘いもの。お酒でもいいかもね。だからほら、食べた食べた」

 ぞんざいなフェリクスの態度に、からかわれていると分かったらしい。ドミニクは安堵した表情になり、お菓子を手に大人しく引き下がった。

 それを生温い視線で見やり、フェリクスは無言でお茶を飲んだ。そして先ほどのことを思い出す。

(性質の悪い病気にかかったのは、僕の方もかもね……)

 ここに来るまでに何があったのか、サンドラの様子がおかしいことは一目で分かった。上手く取り繕ってはいたが、フェリクスの目はごまかせない。他人の顔色を読むのは帝国で鍛えられたし、個人的に彼女が気になっているからなおさらだ。……今はもう、気になっているどころの話ではないかもしれないが。

 フェリクスが気付いたことを、サンドラも気付いた。しかし、それで助けを求めるのではなく、さらに隠そうとした。

 そのいじらしさがたまらなかった。心配にもなるし、逆に追い詰めて暴いてやりたくもなるし、複雑な気持ちだった。もちろん、気持ちを吐き出させてやりたいという思いもあった。

 男同士なら酒の席に誘って話を聞くのだが、さすがにそれはできない。彼女も受けてはくれないだろう。

 だからお茶に誘った。そしてとりとめない話をした。

 本当なら彼女の話を聞きたいところだったが、まず間違いなく話してくれないだろうとも分かっていた。信頼関係ができていないし、無理に聞き出すのは逆効果だ。話したいなら、こちらが話していればそのうちにぽつぽつと話し出してくれる。それを見極めるための話でもあった。

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