恋の障害排除編15
(どうしてこんなことに……)
サンドラは途方に暮れながら、フェリクスが手ずから淹れた紅茶を飲んでいた。
彼はきっと何をやらせてもそつなくこなすのだろう。熟練の侍女であるサンドラの目から見ても彼の所作は堂に入ったものだったし、紅茶は文句なく美味だった。
温かいものを飲むと心がどこか解けていく感じがする。味方とも何とも言い切れない皇子の前だが、先ほどとんでもない衝撃を受けた後だ。相対的に安全な場所にいることが気を緩ませる。
「こういう時は高地地方の一番摘みより、もう少し低い土地で育った夏摘みくらいのお茶がいいよね。一番摘みの茶葉は高級品だけど、ちょっと香りが鋭すぎる。薄いくらいに繊細で、味わうにも襟を正さないとという感じがするものね。それよりももっと気軽に飲めて、お茶本来のまろやかさを感じられるものがいい」
とりとめなく語り、フェリクスはサンドラにミルクピッチャーと砂糖壺を示した。
「次はミルクもどう? 砂糖も入れない?」
こっくりと濃厚なミルクに、白さが眩しい角砂糖。普段は紅茶に何も入れない派のサンドラだが、今日はフェリクスの勧めるままにミルクも砂糖もたっぷり入れてもらった。
(美味しい……)
夏摘みならではのしっかりとした味わいに濃厚なミルクが合う。普段なら甘すぎると思うくらいの砂糖も、今日ばかりは沁みる。
サンドラは言葉に出していないが、気に入ったと様子から察したのだろう。フェリクスがにこりと笑った。
「よかった」
(…………!?)
彼はサンドラより五歳年上の青年だ。皇子という地位にもある。
だが、その彼の本来のものと見える笑顔はむしろあどけないほどのものだった。何の裏も含みもない、自分の淹れたお茶が気に入ってもらえたことを喜ぶ素直な笑みだ。
(え……!? うわ、眩し……!)
彼は子供の頃から美少年だったのだろうし、その頃のことを思わせる笑みはもはや反則の域だった。
「お菓子もどうぞ。いろいろあるよ」
手品のように、クッキーやチョコレート、クリームの載った生菓子まで出てくる。言葉通りいろいろだ。いったいどこから取り出したのか謎だ。
「……手品ですか?」
「そこは『魔法ですか?』と聞いてほしかったところだけど。君には経験ない? 子供のときにお菓子をあちこちに隠したりとか、客のお土産をちょっと失敬したりだとか」
思わず吹き出してしまう。完璧な皇子様にもやんちゃな子供時代はあったのだ。
「私にそういった経験はありませんが、いいですね」
サンドラはクッキーを摘まみながら言った。バターの良い香りがする。
「でしょう? ドミニクの奴もあれで甘いものが好きだから、口では僕を止めながらもお相伴を期待しているのが分かっちゃうんだよね。だから、ついね」
なるほど、兄のような友のような護衛騎士に分けてあげるためにもということか。それは微笑ましいし、やっぱり眩しい。
「こういう子供心ってどこかで発散させておいた方がいいんだよね。そうでないと、大人になってから際限なく求めてしまうことになる。……その者に力があると、とんでもなく厄介なことになったりする」
「もしかして……畏れながら、皇帝陛下のことを仰っています……?」
「当たり。彼はね、欲しいものを何も貰えず、親から顧みられることもなく、満たされない子供時代を苦労して生き延びたんだ。長じてからはその反動で、領土も女性も何もかもを手にしないと気が済まない。人々に自分を崇めさせないと気が済まない。そんな厄介な支配者になって、帝国の版図を際限なく広げている。……絶対に、しっぺ返しが来るはずなのにね」
「…………」
皇帝は老年にさしかかっている。皇子である彼には、その威光の陰りが見えているのだろう。
「僕はこの国の支配者になるつもりだけど、皇帝のように振る舞うつもりは一切ないよ。僕の目指す姿は、この国の最後の王……アレックス陛下だ」
(…………!)
どくん、と心臓が大きく跳ねた。さっきの今で父のことを話題に出されると平静ではいられない。
なんとか表情には出さなかったと思うが自信はない。フェリクスはそのまま話を続けている。
「彼が王だった時代、僕は幼すぎてほとんど何も覚えていないけれど、大きくなってからその事跡を辿っては感嘆していた。経済が落ち込んだときにはきちんと税率を下げ、軽視されがちだった治水に正面から取り組み、能力のある者を登用した。どれも当たり前のようでいて、きちんと成すのは本当に難しいことだ。彼の目線は常に民に向いていた。……その分、貴族や教会関係者との権力闘争に疎いところがなかったとは言えないけれど……」
フェリクスは紅茶の渦に視線を落として言った。
「僕は、そこもうまくやるつもりだ。そして彼の事跡を再評価して、この国を治め……そして仕えるつもりだ」
(…………!?)
「王国の忠臣たれ。アレックス王が常に自らに言い聞かせていた言葉だ。王は臣下を従える立場であるが、その自分もまた王国の忠実な臣下であるのだと……」
(…………! それは……)
……それは、サンドラが侍女になる道を選んだ理由だ。自分が貴族の当主として目立ちたくないという理由もあるにはあったが、それだけでなく……父母の愛した王国を、自分も臣下として支えていこうと思ったのだ。
父母の晩年は穏やかだったから、サンドラはこの国を恨んではいない。扇動された者はごく一部だと分かっているし、父母がそうした者をも恨んでいなかったのだから、自分が恨む筋合いはないと思っている。
サンドラは俯いた。




