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恋の障害排除編13

 それから、どうやってクロフトのいる部屋にまで辿り着いたかサンドラは覚えていない。通い慣れた通路をほとんど無意識で辿りながら、頭の中は先ほどのことでいっぱいだ。

(知られていた……! どうしよう…………!)

 部屋に着いてノックをし、中に通されたサンドラは挨拶もそこそこに切り出した。今日は巫女姫付きの侍女としての業務連絡というか情報の摺り合わせのために呼ばれていたのだが、それよりもこちらの方がずっと重大事だ。致命的なほどに。

「閣下……お話の前にお耳に入れなければならないことがあるのです。先ほど聖王猊下とお話ししたのですが……猊下はご存知でした。私の正体を……」

「なんだと!?」

 クロフトが驚愕をあらわにした。

 それは、ほとんど二人だけの秘密だ。サンドラが……アレクサンドラが、アレクサンダー王の娘であるということは。世が世なら王女として生まれ育つべき存在であるということは。

 有罪を宣告されて牢に繋がれ、獄中死したとされている王と王妃だが、実のところ彼らは牢の中にはいなかった。革命を叫んだ人々は二人の処刑を望んだが、周りの人々から慕われていた二人は手助けを得て秘密裏に牢を脱し、友人の……宰相クロフトの私有地の森で慎ましく隠れ暮らしていた。

 だが、軽々に医者を呼ぶこともできない環境だ。位を追われ、一時とはいえ牢に繋がれ、逃避行をしたことが二人の身を苛んでいたのだろう。二人はやがて病を得て儚くなってしまった。……一人娘のサンドラを残して。

 クロフトはサンドラを遠縁の娘ということにして後見人になり――自分は結婚していないので養子を取ることができないし、恩人の娘を自分の娘にすることは気が引けたからどちらにしろこうするしかなかった、と言っていた――、自身が持ついくつかの爵位の中から、ほとんど名ばかりの爵位をくれた。それは吝嗇ゆえではなく、サンドラが貴族として大きな力を持って注目されてしまうことを避けるためだった。

 本当は、サンドラ――アレクサンドラという名前も変えるべきではあった。あからさまに父王アレクサンダーから取られたものだからだ。

 だが、サンドラはこの名前を大事にしたかった。クロフトもそうしなさいと賛同してくれた。

 実際、名前が似ているくらいでは疑われない。王の名にあやかって名付けられる子供は多いからだ。聖王や巫女姫も同様で、たとえばルシンダがこれからもっと有名になれば彼女にあやかって名付けられる女児が増えるだろう。そのくらいのことだ。

 そしてサンドラの容姿も、両親と並べて見比べられたら類似を認められるかもしれない程度でしかなく、瓜二つだなどといったわけではない。王侯貴族はどこかで血が繋がっていることが多いので、どこかで見た顔だと思われてもそれで直ちに正体がばれたりすることはない。

 そしてサンドラはクロフトの遠縁の娘として、城に集まる優秀な人々を教師として様々な教えを受け、十代前半から侍女として働き始めた。教育自体はその後も折に触れて受けているが、これらはすべてクロフトの厚意によるものだ。国王夫妻に引き立てられた恩があるからと、サンドラのことを気にかけてくれている。あまり甘えすぎるわけにはいかないので自制して節度を保った態度と距離感を心がけてはいるが、もう一人の父とすら思うこともある。

 サンドラが侍女として身を立てようとした時も、クロフトはサンドラの意志を尊重しつつも心配してくれた。だが、彼のおかげで身につけた様々な技能をも役立てて侍女として成長していくにつれ、彼もサンドラを頼りにしてくれるようになっていった。

 そうして任された大仕事の途中で……これだ。サンドラは項垂れた。

「そうか……間に合わなかったか」

 その言葉はクロフトの口の中でだけ呟かれた。唇もほとんど動かず、衝撃を受けていたサンドラはそこまで読み取ることができなかった。聞き返したが、クロフトは首を横に振って曖昧にした。

 サンドラはなおも言った。

「それだけではないのです。猊下は私をこう脅しました。『亡き父母を、蜜蜂の群れ飛ぶ花樹の下に眠らせたままにしておきたいなら』と」

「……馬鹿な!」

 クロフトの声がかすれた。彼が受けた衝撃が伝わってくる。サンドラも全く同じ気持ちだ。

 なぜ聖王が、クロフトとサンドラしか知らないはずのことを……自分たちが国王夫妻を、彼らが好んだ針槐ハリエンジュの樹の下に埋めたことを、知っていたのか。

 蜜蜂が好んで花蜜を集める針槐は、初夏に白い花房を豊かにつける花樹だ。香りもよく、城にも多く植えられている。国王夫妻はよくこの樹の下を散歩して語り合ったそうだ。思い出の樹なのだ。

 少なくとも王国では、蜂蜜といえばこの花を蜜源にしたものが最も一般的だ。「蜜蜂の群れ飛ぶ花樹」という聖王の仄めかしは、明らかに針槐のことを指していた。

 サンドラの素性が知られただけなら、それはまだ考え得ることだった。父母の周りに残ってくれた人々はごく少数で信頼できる者たちばかりだったが、どこからか話が漏れる可能性がないとは言い切れない。

 だが、これは有り得ない。クロフトとサンドラしか知らない秘密を握られているなど。

「私は……決してよそに言ったりしません。お酒を頂いて前後不覚になったりもしていませんし、拷問も催眠術も受けていません」

「うん……最後の二つが不穏だな……。強く育てようとして、自分の身を守れるようにと能う限りの教育を受けさせたのは私だが……ちょっとやりすぎたかもしれないな」

 クロフトは遠い目になったが、気を取り直して言った。

「それはともかく、私もお前を疑ってはいない。だが、私自身に心当たりがないのも確かだ。立場上あまり不用意なことはしないよう心がけているし、そもそも聖王と言葉を交わした機会もわずかだ。二人きりで話したりもしていないし、周囲には誰かしらがいた。聖王だけが知っているとなると……やはり分からん」

「私も、閣下を疑うなんてありえません」

 父母と最も親しく、最後まで彼らを助けてくれたのがクロフトだ。その彼を疑うくらいなら自分を疑った方がまだましだ。

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