恋の障害排除編12
聖王、宰相、そして敵対派の有力貴族とその令嬢。大物たちとの挨拶をこなした(?)ルシンダは、フェリクスとともに会場を後にした。それを見送り、サンドラは深く息をついた。
(終わった……疲れた……)
決定的なぼろは出させなかったから及第点としていいだろう。ルシンダではなく自分を。
ルシンダはこの後、お菓子を用意しておくと言ったフェリクスのところに――というよりもドミニクのところに――行くのだろう。サンドラもついていくべきだが、この後でクロフトに呼ばれている。幸いと言っていいのか分からないがフェリクスはルシンダにまるで興味がないので、サンドラが目を光らせていなくても間違いが起こったりはしない。それに彼はルシンダのドミニクへの想いも承知しているので、面白がりつつ適当にフォローしてくれるだろう。サンドラの合流が多少遅れても問題ない。
サンドラもホールを出、廊下を足早に歩き始めた。クロフトの執務室に向かおうと階段を上る。
(…………? つけられている…………?)
歩いていたサンドラは、かすかに眉を寄せて神経を研ぎ澄ませた。たまに人とすれ違うくらいで、人が多く行き交っているわけでもない廊下なのに、サンドラに据えられている視線を感じる。しかもその視線がしばらくついてきている。
サンドラは曲がり際にさりげなく身を隠し、柱の陰で尾行者を待ち構えた。やがて現れた人物は……
(……聖王猊下!?)
意外すぎて、自分の感覚が間違っていたのかと疑ってしまう。いったい彼が自分に何の用があるというのだろう。
待ち構えたサンドラを、聖王は足を止めて睥睨した。友好的な表情ではないが、彼の場合は地顔の部分が多そうなので表情が読みにくい。
「巫女姫の侍女。お前に話がある。このあたりまで来れば人も少ないだろう」
「……私にですか」
聖王は意図を持ってサンドラを追ってきていたらしい。確かに、パーティ会場のホールや庭から離れたこのあたりは、ただの招待客が入り込んだりはしない場所だ。
聖王と直に言葉を交わすのは初めてだ。先ほどのパーティの場でもサンドラの側からは聖王を認識していたが、彼がこちらを見たりはしなかったはずだ。彼とルシンダが会話していたときはサンドラはまだルシンダから少し離れたところにいたし、その後で聖王の姿は見かけなかった。彼はいったいいつからサンドラのことを知っていたのだろう。
(大事な巫女姫の傍近くに仕える者なのだから、注視していてもおかしくはないのだけど……)
そうした些事は下々の者に任せて顧みないのかと思い込んでいた。そんなサンドラに、聖王は顎をしゃくるようにしてバルコニーを示した。ついてこい、ということだろう。
サンドラの反応を待たず、聖王はすたすたとバルコニーに向かった。
もちろん、ついていかないという選択肢はない。高位の人からの求めだからというだけでなく、単純に気になる。いったい何を言われるのだろう。
廊下に声が届かないところまで行くと、聖王は切り込むように言った。
「巫女姫のお守りは大変だろう」
「!? ……いえ…………」
これは予想外の方向性だ。サンドラは視線を彷徨わせた。
「隠さなくていい。あの娘の気質は分かっている。少々どころでなく周りが見えないことがあるな」
「……ええと…………」
否定しないのは肯定を意味してしまうが、だからと言って肯定するわけにもいかない。教会にいた頃のルシンダもああだったのか。それはそうなのだろうが、恋に恋する前からあんな感じだったのかと思うとちょっと怖い。
まさか労ってくれるのだろうか。聖王はもちろん巫女姫の輿入れを強力に推進する立場だし……
……と少しだけ考えてしまったが、やはり甘い考えだった。聖王はサンドラを労うのではなく、さらなる圧力をかけるように言い渡した。
「だが、巫女姫にどんな問題があろうと、お前の仕事は彼女を無事に輿入れさせることだ。そして、それだけでは不充分だ。なんとしても皇子を巫女姫に夢中にさせるのだ。あの厄介な皇子の手綱を、私が握っておけるように」
「……かしこまりました」
サンドラは頭を下げた。この返事を嘘にはしたくないとは思うものの、無理難題に近いとも思ってしまった。フェリクスが上手く聖王と渡り合って教会の干渉を退けているらしいのはさすがとしか言いようがないが、その彼の手綱を握るために、ルシンダに夢中にさせろとは。
(そもそも、お互いにまったく興味がないみたいなのだけど……)
あの腹の底の読めない皇子を巫女姫に首ったけにさせて、いいように操れるようにする? そんなことが本当に可能なのだろうか?
サンドラは表情に出さないようにしたが、聖王はサンドラの表情を読んだのか、それとも内心を察していたのか、さらに言った。
「できないと思ったか? だが、やってもらわなければならぬ。さもなければ、お前の正体をばらしてやる」
「………………!!」
サンドラは弾かれたように顔を上げた。普段はあまり表情が変わらないサンドラだが、さすがにこの言葉を無視することはできなかった。
鎌かけなどではない。聖王は確信を持ってこの言葉を発している。……サンドラの、秘密を知っていると。
聖王は唇の端だけをわずかに持ち上げて笑みを作った。目は全く笑っていない。
「ばらされたくなければ、死に物狂いで努めよ。城で培われたその能力を以て。分かっているな? お前の正体が露見すれば、宰相も巻き添えだ。最後の王国法はまだ有効なのだからな。……お前の亡き父母を、蜜蜂の群れ飛ぶ花樹の下に眠らせたままにしておきたいなら、私の言った通りにするように」
「っ………………!!」
ほのめかしだけで充分だった。サンドラには十全にその意味が伝わった。……彼が、すべてを知っているということも。
(どうして!? どうやって……!?)
彼はどうやって、そこまでのことを知ったのか。呆然とするサンドラに満足したように、聖王はふっと息を漏らすとその場を後にした。




