恋の障害排除編11
靴音を響かせてこちらへ歩いてきたのは、立派な風采の紳士と令嬢だ。金髪の感じだけでなく顔立ちも似通っているから血縁と分かる。そうでなくてもサンドラは主な貴族の顔と名前が頭に入っている。
「まあ!」
ルシンダが嬉しそうな顔になった。彼女ももちろん令嬢の名前を知っている。ついこの間やりあった仲だ。……ルシンダの主観の中ではどうか知らないが。
「また会えて嬉しいわ、エイミー様。この前はお招きをありがとう」
にこにことルシンダが挨拶をする。エイミーはまたも頬をひくつかせた。隣にいる紳士も同様だ。
本来ならエイミーよりも先に、横にいる彼女の父親――ロートレット侯爵に挨拶をすべきだ。より立場の高い者を立てるべきだからだ。へりくだるなら相手から声をかけられるのを待ってもいいが、これは状況次第だ。巫女姫の立場をどう位置づけるかは微妙なところがあるので、侯爵とどちらが上とも言い切れない。
だがルシンダはそんなことなどお構いなく、天真爛漫に振る舞っている。仲の良い友達を見かけてついつい先に話しかけてしまうのは、言ってしまえば小さい子供の行いだ。
(マナーはきちんと覚えていらしたのに……)
サンドラは額を押さえた。教師やサンドラがテストをするとルシンダは正答できるのだが、いざ実践となるとこれだ。こうした振る舞いが一部の層に受けることは分かるのだが、目の前の相手には通用しなさそうだ。ロートレット侯爵は不快げな表情になり、エイミーはこちらを睨むようにした。
侯爵目線では、ルシンダから侮られているとしか見えない。尽くすべき礼を尽くしていないのだから。
また、娘と仲良くしてくれてありがとう、と思っていないのも確実だ。エイミーは敵情視察と宣戦布告と牽制のためにお茶会にルシンダを呼んだのだし、父親の意向も同様のはずだ。
朗らかに挨拶されたエイミーは、ぎりっと奥歯を噛みしめんばかりだ。この前のお茶会では意図的に嫌がらせを仕掛けたのに、ルシンダはまるで堪えずに上手く捌いた――ようでいて実は何も分かっていなかった――のだから、今日の挨拶も余裕のあらわれにしか見えない。「わたくしの相手になどならないのに何故のこのことやって来たの?」といった感じだ。自覚がないのはルシンダばかりだ。
「……娘が世話になった」
地を這うような声で侯爵が言った。ルシンダは瞬いた。
「まあ、お父様でしたか。こちらこそ、お嬢様にはよくしていただいて」
「…………!」
(ああ…………またやった…………)
憤怒を押し殺してこぶしを震わせる侯爵を見て、サンドラは諦めを通り越してもはや悟りの境地に至った。なんだかルシンダが大きな蓮華に座しているような訳の分からない感覚に襲われる。彼女の脳内の花畑が外にまで広がってきたのかもしれない。
ルシンダの何気ない言葉は、「巫女姫が侯爵や娘を脅威と全く見做していない」ことをまざまざと伝えた。要は煽りだ。
(思ってもみないでしょうね……巫女姫が侯爵のことを認識さえしていなかったなんて……)
既視感のせいか目眩がしそうだ。娘にやったことを父親にもやってしまったというわけだ。
(そこでおかわりする必要なんてないでしょうに……いえ、折を見て教えようと思ってまだ教えていなかった私が悪いのだけど……)
もちろんルシンダに彼らを煽る意図はない。だが、彼らを脅威と見做していないというところだけは合っている。正確に言うなら、そもそも彼らのことを何も知らないがゆえに脅威と見做していないということだ。
ロートレット侯爵家は名家で、血筋の正しさを重んじる向きがある。数代前にも王女が降嫁するなど王家と繋がりの強い家系で、もしも巫女姫という存在がなければ、エイミーは帝国の皇子の妃の有力候補になっただろう。王女のいないこの国で、彼女は王女にかなり近い立ち位置にある。
ルシンダの立場なら、エイミーを危険視したりライバル視したりして当然なはずなのだ。それをしないのは余裕だからではなく、分かっていないから……そして、ルシンダが皇子フェリクスに何の関心も持っていないからなのだ。……頭が痛い。
いちおう、侯爵も表向きは巫女姫の輿入れに賛成の立場だ。だがそれを不服としているのは明らかで、だから今も顔を繋ぎにではなく牽制のためにここにいる。
「はっきり言っておくが、私は血筋こそが正義であると考えている。我々の祖先が作り上げて繋げてきた尊い血統こそが人々を統べる根拠であるべきだ。巫女姫殿が嫁がれる政治的な必要は理解しているが、それと世継ぎの問題はまた別のはずだ。私は娘をフェリクス殿下のお傍に上げたいと思っている」
(言ったーーーー!)
サンドラは心の中で叫んだ。こうも真正直に真正面から喧嘩を売りに来るとは思わなかった。一応ここはルシンダの輿入れを推し進める者たちが中心となる集まりで、侯爵も表向きはそれに賛同のはずだ。いや、賛同はしているが、敵対的にも動いていると言うべきだろう。巫女姫をお飾りとしつつ、世継ぎを――ということは皇子への影響力も――侯爵家に持たせようとしている。
こちらの都合のいいように使ってやる、という失礼きわまりない宣言に、ルシンダは……目を輝かせた。
「まあ…………!」
侯爵がぎょっとして身を引く。逆にルシンダは身を乗り出した。
「非常にありがたいお申し出ですわ! これはきっと神様のお導きですわね……! わたくしたち、協力していけると思いますの。だってわたくし、で」
「殿下のお力になりたいと思われるのはご立派ですが、今から側室のことをお考えになるのは時期尚早ですわ。あまり閣下をお困らせになってはいけませんよ」
サンドラは強引に、しかし口調だけはやんわりと口を挟んだ。で、だけで反応できたのは慣れの賜物である。
「そうね……。少し先走ってしまったわ。でも、閣下のお申し出のことは心に留めておきますわ。殿下ともよく相談しておきますね」
「え……いや、その……」
(誰が本人に相談しろと言った……!)
もはや突っ込みが心の中でも追いつかない。これこれこういう陰謀が企まれています、とあっけらかんと伝えられては企み甲斐もあったものではない。
「ふ、ふん! そうやって余裕ぶっていられるのも今のうちだけだがな!」
娘そっくりの捨て台詞を残し、侯爵は娘を連れて足早に立ち去った。その背をきょとんと見送るルシンダの様子に、サンドラは侯爵に同情すべきだろうかと本気で迷ったのだった。




