恋の障害排除編09
婚約発表の舞踏会は、皇子が巫女姫のフォローをしやすい環境だった。共に踊り、共に招待客と話し、別行動をすることがあまりなかった。婚約発表という、一緒にいられる名目が用意されていた。
だが、そういった場ばかりではない。ルシンダも彼女独自の社交をしていかなければならない。たとえばお茶会とか……
(うっ頭が……)
思い出すと頭と胃が痛くなるが、あれは序の口だ。肩慣らしだ。
次なる巫女姫の社交の場として、今日は立食パーティが行われることになっている。
ルシンダもいずれは人々を招いてもてなす側にも回らなければならないが、今はまだお客様として参加する立ち位置だ。王国の要人たち、特に、帝国との関係を重視する者たちが催す集まりに参加していくことになる。この立食パーティもそういった催しの一つだ。
帝国の皇子としてフェリクスは、こういった趣旨の集まりでは様々な人の相手をすることが必要になってくる。彼は彼で王国内で立場を確立していかなければならず、ルシンダ一人にかかずらっているわけにもいかないのだ。
今日はあまりフォローできないかもしれない、と断ったうえで、フェリクスはルシンダに約束をしていた。このパーティを上手く乗り切ったら僕の部屋においで、ご褒美のお菓子を用意しておくよ、もちろんドミニクも一緒だ、と。
最後の言葉が効いたのだろうが、ルシンダは俄然やる気を出した。もしかしたら会場にいるかもしれないドミニクにいいところを見せたいという心理もあるかもしれない。とにかく、ルシンダはフェリクスの助けを得られない状況を心細く思うのではなく、ご褒美をもらうための過程と捉えた。
その是非を言うのはやめておこう。やる気が空回る可能性について考えるのもやめておこう。サンドラがすべきなのは、臨機応変に尻ぬぐい……もとい、フォローすることだ。不安でしかないが、やるしかない。
本来であれば、サンドラの想定していたフォローは、マナーをさりげなく直したり、会話に助け舟を出したり、緊張を解くためのコツを教えたり、どのように振る舞えばいいかを実地で指導したり、そういうものだった。
だが、ルシンダの場合はもはや想像がつかない。どんな地雷を踏むか。どんな致命傷を受けるか。気分は激戦地の戦場である。
今回の立食パーティは、王城のホールと庭の一部で行われる気軽なパーティ、ということになってはいるが、招待客には錚々たる顔ぶれが並んでいる。重鎮の議員や聖界関係者、王国に滞在中の帝国人、などなど。格式が高くないからといって、敷居が高くないというわけではない。晩餐会の形式の縛りを嫌って、会話の時間を多く取るために日中に行う立食パーティにしているだけだ。
ルシンダは昼らしく明るい色のドレスを纏い、名前を呼びあげる声とともに入場していった。横にはフェリクスがついている。彼も彼で明るい色を着こなし、人々の視線を集めている。入場後すぐに二人がばらばらになるわけではないので、サンドラはその間に自分の心の準備を整えた。
サンドラも一応、クロフトの遠縁という立場で出席者に名前を連ねている。
もちろん自身の社交などしない。その場に溶け込むように振る舞いつつルシンダの動向に目を光らせるのが自分の役回りだ。他の令嬢たちのように結婚相手を探したりはしない。
サンドラが注視しているのは、ルシンダに近付く者たちだ。これを機に縁を繋いでおこうと挨拶したがる者が引きも切らずにやって来ている。舞踏会では歓談の時間がかなり限られたので、今回のような機会を待っていたという人も多そうだった。
そういったなかで長い時間巫女姫を独占するのは顰蹙を買う。そのため多くの人が少しの挨拶だけで済ませてくれて、ルシンダにとっては――サンドラの精神衛生にも――助けになっていた。
たまに空気を読まず、巫女姫に自分を売り込もうと長い時間話し続ける者もいるが、そうした者はたいてい自分のことを話すのに忙しく、ルシンダの受け答えがどうこうというところをあまり気にしない。また周囲の人も、迷惑な人の方にどうしても注意が向いてしまうので、ルシンダも決定的なぼろを出して聞きとがめられたりということもなく乗り切っていた。
そんな状況の助けもあり、ルシンダはフェリクスのいない時間も一人でしのいでいたが、そんな中で、彼女を取り巻く人垣が割れた。人々を退かせるようにして進み出てきた人物に、サンドラは目を見開いた。
(聖王猊下……)
こういう言い方をしたら俗っぽくて失礼だが、巫女姫の上司に当たるような存在だ。代替わりしてまだあまり年数を経ていない聖王は、教会の頂点に立つ者としてはかなり若く、四十代だ。謹厳な風貌の男性で、しかめ面に見える表情が地顔なのだろう。威圧感に溢れている。
いかにも現世のことに興味がなく融通のきかない聖職者、のように見えるが、実際は巫女姫を帝国の皇子に嫁がせようとしている野心家だ。教会の勢力拡大を狙っている。
聖王を認め、ルシンダが膝と腰を折った。頭を垂れて深く礼をする。
サンドラもそれは咎められなかった。いささか過剰に見えるが、聖王を前にするならこのくらいは必要だろう。ましてルシンダの立場では。
聖王は顎をしゃくるようにして軽く頷いた。
「久しいな、巫女姫殿。最近はあまり顔を合わせる機会がないが、つつがなくやっておられるか」
「はい、猊下のご指導のおかげですわ」
教会で身につけた所作なのだろう。ルシンダはごく自然に聖王を敬うふるまいをしている。本当に、外面だけ視れば立派な巫女姫なのだ。
あまりに俗っぽく常識外れな彼女の素顔を知っているサンドラでも騙されてしまいそうだ。聖王にその場を譲って下がった人々も、ほうっと感嘆の息をついている。
「輿入れとともに只人となりても、御神への奉仕の心をゆめ忘れるでないぞ。帝国の皇子にもよく仕えよ」
「心得ましてございます」
聖王は言い渡すように述べると、長々と言い立てることなく背を向けた。雰囲気に押された人々がまた道を作るように空ける。
(なるほどね……。あの方が聖王猊下……)
サンドラはじっとその背を見送った。




