恋の障害排除編07
ところで、ルシンダほど突き抜けた人物はそうそういないだろうとサンドラは思っている。思っていた、のだが……
(……まさか彼は……彼女に匹敵する大物なのかも……?)
恐ろしいものを見るような思いで、サンドラは目の前の光景から目を逸らせないでいた。
「……ドミニク様、剣だけでなく飛び道具も扱われるのですね! すごいわ!」
「主を守るために必要ですので。剣は取り回しがしにくい場所もありますし、小回りの利く武器は有用なのです」
「まあ……わたくしのことも守ってくださる?」
「もちろんです。主の婚約者でいらっしゃるあなた様も全力でお守りいたします」
「嬉しいわ!」
ルシンダはハートを飛ばさんばかりだ。どう見ても全力で護衛騎士にアプローチをしている。
しかし護衛騎士ドミニクは、強面に浮かべた真面目くさった表情をまったく崩そうとしない。間違っても脂下がったりしていない。
(まるで通じていない……分かっていない……!? そんなことある……!?)
誰がどう見ても、巫女姫の想いの在処は明確だ。道ならぬ想いが悪気なく真っ直ぐに護衛騎士へと向かっている。そう思うのだが……その「誰が」に肝心の本人が含まれていない。そんなことってあるだろうか。
美少女がきらきらした目で身を乗り出し、自分を称賛してくる。その状況に、ドミニクはまったく違和感を覚えていないようなのだ。
慄いてサンドラは瞬いた。もちろん瞬きをしたところで見えるものが変わったりはしない。
おそるおそる横を見る。そこには、いつもの食えない笑みを美貌に浮かべ、楽しげに二人を観察しているフェリクスの姿があった。
彼は婚約者が他人に粉をかけていようとまったく気にしていないようだ。なんなら心底から楽しんでいる節さえある。自分の婚約者があなたなど眼中にないとばかりに護衛騎士にアプローチしているのに、まるで痛痒を感じていないようなのだ。
この反応はやはり少し意外だった。容姿も地位も財産もある者は得てしてこの種のプライドが高く、自分を差し置いて自分の使う者に恋着されるのを目の当たりにしては平静でいられないものなのだ。だがフェリクスはまったく気にする様子がなく、これには少し見直した。
とはいえ状況の異様さが変わるわけでもない。フェリクスと目が合ったサンドラは口をぱくぱくさせたが、フェリクスはサンドラの声なき声を読み取った。声を出さず、口の動きだけでこう伝えてきた。
『あいつは気付いていないよ。気付いていたら僕をないがしろにしていることを怒るはずだ』
『そんな感じですよね……』
生真面目で実直な騎士、という印象だ。ルシンダのアプローチがまるで通じていない。
フェリクスは、それはそれは楽しそうな顔で、声を出さずに言った。
『これは君の監督不行き届きと言っていいんじゃないかな?』
サンドラは正確に唇を読み、少し顔をしかめて――あまり表情が動かないサンドラでこれだから、本当なら思い切り苦虫を噛み潰した表情になるところだ――こちらも声に出さずに返した。
『お時間をくださらずに急かしたそちらにも責任があるのでは? 巫女姫様は教会をお出になってまだ間もないのですから』
突っ込む機を逸した――というか目の前で繰り広げられる光景がとんでもなさすぎてそれどころではない――のだが、当然のようにフェリクスもサンドラの唇の動きを読んでくる。
フェリクスがくすりと笑った。
『教会を出たての巫女姫がさっそく一目惚れなんて、そもそもの教育方針が間違っていたんじゃないの?』
『…………』
ぐうの音も出ない。というかそれはサンドラ自身も思っている。
教会は王国独自の宗教機関だ。王のもとで庇護されかつ従属する一般の人々とは違い、教会に属する者は神にのみ仕える。そして王を含めた人々と神との媒介者になるのだという。
その事跡は様々だが、眉唾物も多いとサンドラは思っている。雨を降らせただとか、戦を勝利に導いただとか、僭主の不正を暴いて正当なる王に冠を取り戻させただとか、昔の伝説まがいの歴史書にありがちな派手な活躍譚が伝わっている。教会を外から眺めるしかない者にとっては真に受けたりはできない話だ。
こうしたその土地々々の信仰を、帝国は抑圧しない。その方が利になると計算しているのと、抑圧するほどの脅威になっていないのと、両方ありそうだ。
だからこうやって巫女姫を皇子の妃にと求めるなど、融和的な態度を取っている。むしろ取り込もうとしており、強かに利用しようとしている。
『そっか、サンドラも教会の内部事情については詳しくないんだ?』
サンドラの沈黙から察したらしいフェリクスが小首を傾げた。
『不本意ながら。もっと調べることはできると思うのですが、やはり何となく罰当たりな気がしてしまって……必要以上に近づきたいとは思わないのが正直なところです』
サンドラは信心深い方ではないし、神の存在も信じていないが、長く存続して人々の信仰を集め続けてきた教会には一定の尊敬――と、注意――を払うべきだと思っている。時の淘汰を経た存在には、やはり何かがあるのだ。
『そういう感覚は大切にした方がよさそうだよね。危機を察する本能というのかな、判断材料だと意識できないようなわずかな情報を無意識に処理しているのだろうね』
『……そうかもしれませんね』
複雑な会話をごく当然のように、自然に二人は行う。
それは傍から見ればなかなかシュールな光景ではあった。
巫女姫が皇子そっちのけで護衛騎士に熱っぽく話しかけ、護衛騎士はその異様さに気付かず生真面目に応じ続け、肝心の皇子は巫女姫の侍女と視線と口の動きだけで分かり合いながら声なき会話を繰り広げている……とても他所には見せられない光景だ。
うっすら自覚したサンドラは、今さらながらに、ルシンダを迎えたフェリクスが使用人をすべて下がらせていたことに深く感謝した。
しかし下がらせられた使用人たちが、皇子と巫女姫がこんなに早く親密にお喋りするようになるなんてときゃあきゃあ言いながら噂していた――もちろん護衛騎士や侍女は使用人なので空気のような扱いだ――ことは知る由もないのだった。




