恋の障害排除編03
侍女、の言葉がわざとらしく聞こえたのは気のせいだと思いたい。
サンドラは王国の忠臣であることを自らに課している。そして今は、巫女姫の侍女として輿入れを成功させることを自分の使命と心得ている。
皇子の思わせぶりな言葉など、真に受けたりしない。
「……もちろん私も、皇子殿下と巫女姫様の婚約関係の維持を望んでおります。それだけでなく、円満なお輿入れも……」
言葉が尻すぼみになってしまった。フェリクスに指摘されたように、確かに現状の巫女姫には色々と問題がある。それを無視して強引に事を進めるのは失礼に当たるだろう。
皇子も巫女姫との結婚までをきちんと望んでくれているのか、そのために動いてくれる気はあるのか、そこまで言質を取りたかったが無理だ。言葉などいくらでも翻せるし、意味のない言質を取る代わりに不興を買っては元も子もない。今はこうやって気さくに接してくれているが、帝国の皇子と一介の侍女とでは立場があまりに違いすぎる。関係をこじらせて話をしてもらえなくなったら大変だ。
とはいえ、この皇子が怒ったり不機嫌になったりするところがあまり想像できない。いつも余裕の笑みを浮かべていて、腹の底が読めない。巫女姫とは別方向に厄介な人物だ。
皇子と巫女姫との婚約関係は維持。彼の言う通り、さしあたりその点では合意できる。確かに今の段階ではそこが落としどころだろう。
(それなら、私の方針は……ルシンダ様を、フェリクス様の気に入るように教育していくということになるのかしら……)
フェリクスが何を考えているか分からないが、国を挙げての婚約関係だ。このまま進んでいけば婚約をおいそれと翻すことはできないはず。だからサンドラの方針はそのようになるのだが……
(……できる気がしない…………)
まずは護衛騎士に熱を上げるのをやめさせて、帝国水準までマナーやダンスその他を仕上げて、知識をつけさせて……それだけでもかなりの難題なのに、それができたからといって皇子が巫女姫を気に入ってくれるとは限らない。なにせ目の前で他の人に――自身の護衛騎士に――恋してしまった巫女姫なのだから。
二人の公式の顔合わせの後、取り乱したルシンダを宥めるときに隠れ蓑になるという話を出したことから察するに、フェリクスはルシンダの想いの方向にはすぐに気付いたのだろう。護衛騎士ドミニクは気付いていなかったようだから、騎士が鈍いのか皇子が鋭いのかはともかく、ルシンダは下手を打ったものだと思う。気付かれてはならない人に気付かれてしまったうえに、隠れ蓑になってもらえると喜ぶなんて……世間知らずにも程がある。フェリクスがその気になれば、脅すなり譲歩を引き出すなり、いくらでも悪用できてしまう。巫女姫の道ならぬ恋だなんてスキャンダルもいいところだ。
サンドラの思い悩む様子がおかしかったのか、フェリクスはくつくつと笑った。
「サンドラ、皇帝には何人の子供がいるか知っている?」
唐突に話題が変わった。サンドラは首を横に振った。
「数十人以上とは聞いておりますが、具体的な人数は……」
「知らないよね、僕も知らない。皇帝陛下御自身も正確には分かっておられないんじゃないかと思う。政治的な都合で認知されたりされられなかったりもしているしね。僕は二十三歳だけど、僕よりも十以上も年上の皇子や皇女がいたりするし、下はそれこそ幼子までいるし。で、そんな中で僕は育ってきたというわけだ」
話の先が読めないが、サンドラは頷いて先を促した。
「足の引っ張り合いも蹴落とし合いもある中だ。当然、色仕掛けで籠絡してやろうという動きもある。子供だってお構いなしだ。僕はその中でうまくやってきたんだよ。当然、経験も耐性もついた。人を見る目もついたと自負しているよ。世間知らずの巫女姫が僕の護衛騎士に一目惚れしたこともはっきり分かった」
(……そういうお話でしたか……)
話題はまったく変わっていなかった。誠に申し訳ない。気分は、躾のなっていない飼い犬が余所様の飼い犬にちょっかいをかけているのを咎められた飼い主のそれである。巫女姫を犬扱いして申し訳ないが、犬の方がよっぽど扱いやすいと思うのが正直なところだ。
身の置き所がないサンドラを面白そうに見ながらフェリクスは続けた。
「ドミニクは気付いていないよ。色事に疎い実直な奴だし、僕の婚約者を、それに自分より十歳も年下の少女を、そんな風に見たりしない。自分が想われているだなんて夢にも思っていないんじゃないかな」
「それは……良かったです……?」
多分。気付かれるとややこしいことになる気がする。曖昧なサンドラの言葉にフェリクスも頷いた。
「少なくとも今の段階では、僕から教えることはしないよ。巫女姫には隠れ蓑になると言ったけれど、協力者になって取り持ってあげる義理もないからね。まあ、ドミニクが望んだら考えないでもないけど……その場合、婚約はどうなるのかな?」
気楽な調子でフェリクスは言うが、サンドラは胃に穴が開きそうだ。婚約がどんなふうに破れるかなんて考えたくもない。
少なくとも今の段階では、皇子は巫女姫の弱みを握りつつも使おうとはせず、婚約関係の継続を望んでくれるのがつくづくありがたい。隠れ蓑だの何だのと言ったことを咎められる筋合いもない。むしろこちらが伏してお願いしなければならない立場だ。
「そんなわけで、しばらくは現状維持かな?」
猫のように目を細めて笑ったフェリクスの前から、サンドラはほうほうの体で退出した。




