運命の出会い演出編01
「お呼びでしょうか? 宰相閣下」
城の一室に涼やかな声が響いて、呼びかけられた宰相クロフトは顔を上げた。クロフトの視線を受けた少女が完璧な礼をする。
少女は栗色の巻き毛をきっちりと結い上げ、清潔感のある――そして明らかに、使用人階級であることを主張する――かっちりとした紺色のドレスを纏っていた。完璧な角度で腰を折り、頭の先から足の先まで神経の行き届いた仕草で頭を下げ、楚々としながらも揺るがない動きで頭を上げる。両の瞳は冴えた緑で、知性と意志の強さを示していた。
非の打ちどころのない佇まいに、しかしクロフトは苦笑した。
「サンドラ……そんなにかしこまらなくてもいいというのに。それにその服装。侍女というよりもメイドに近いではないか」
王国に名だたる名家で侍女として重宝がられ、経験を積んできた彼女は、しかしメイドに近い格好を好む。紺色のドレスは王国の筆頭公爵家――いま彼女が仕えている家――のメイドのお仕着せだ。前掛けとブリムをつければそのままメイドの格好だ。
侍女という上級使用人ともなれば服装は自由になるのだが、サンドラは必要がなければ華美な装いをせず、お仕着せのドレスで通している。別に悪いとは言わないが、年頃の少女なのだからもう少し華やかな格好をしたくならないのだろうかと思ってしまうだけだ。
サンドラは少し目を伏せた。従順さを示しつつも、頑として意思を曲げない強情さをも同時に見せている。その器用さに、クロフトの苦笑が深まった。
「この格好がしっくりきますので。必要でしたらすぐに着替えますが、そういった御用ではなさそうだったので」
「ああ、まあそうだな。服装のことはいい。かけてくれ」
「失礼いたします」
クロフトが椅子を示し、サンドラが軽く頭を下げて腰を下ろす。最初こそかしこまっていたが、彼の言葉を受けて少し態度を崩している。
雇用主と使用人というには距離感が近い。それもそのはず、王国の宰相クロフトは侍女サンドラの後見人なのだ。血の繋がりはなく、父と娘というほどではないにしても、親戚のおじさんと姪っ子、くらいの近しさがある。実の父母を亡くしたサンドラにとっては頼れる保護者なのだが、いかんせん宰相の立場が立場だ。王国を実質的に統べる権力者だ。
王国と呼ばれてはいるが、この国に本来的な意味の王はいない。二十年近く前に政変が起きて王族が位を追われ、教会と議会が力を増している。城は王族の住まう場所ではなく、クロフト以下かつての家臣たちと議員たちが政治を動かす場所として、あるいは教会関係者が滞在する場所として使われている。教会の統括者が聖王と呼ばれているが、宗教指導者としての象徴的な王でしかない。
そうした混乱のあった王国が、さらに大変な時期を迎えようとしている。勢力を広げる帝国が、この王国を含む一帯を帝国領にしようという動きを見せているのだ。
「では、本題だ。帝国の領土拡張政策については知っているな?」
クロフトは指を組み、サンドラに確認する。彼女が頷くのを確かめ、話を進める。
帝国は領土拡張のために武力を用いることを辞さないが、婚姻によって形式的な支配を及ぼせれば満足する一面もある。指導者層を粛正したり一般の民を弾圧したりはせず、国の形をほとんど保ったまま、帝国の血筋を仰がせるのだ。
「感覚としては、領地を持つ貴族の相続に近いか。長男に領地を継がせ、次男以下を他家の婿に出す……そのような感じだ」
他家の婿という立場が、要はこの国の王座というわけだ。民族的な対立があるわけではなく、移民だの植民だのといった話にならないことが救いだ。領土を奪ったり国民を殺したりしてどうこうしたいという話ではなく、単に勢力を広げたいだけなのだ。
サンドラは疑問を呈した。
「それでは、聖王猊下のお立場は……」
「王とは呼ばれなくなるだろうな。お住まいも城からお移りになるかもしれない。だが、教会の立場が弱くなるかといったらそんなこともなさそうだ。猊下は、巫女姫様を王妃……いや皇子妃だろうか、そうさせるおつもりだ」
「巫女姫様、ですか……」
教会関係者は係累を持たないため、聖王と巫女姫のあいだに血の繋がりはない。神に仕える素質を見出された乙女が巫女姫なのだが、その基準は教会関係者にしか分からない。教会の者であっても高位でないと分からないかもしれない。当然、クロフトもサンドラも分かってはいない。
「特別な力を見いだされるのだと聞いたことはありますが……その……」
サンドラは言葉を濁した。素質だの特別な力だのというものが本当にあるのか分からないし、美貌で選ばれるのだという噂まであったりする。事実、当代の巫女姫ルシンダの美しさは有名だ。
サンドラの言わんとすることを察し、クロフトは頷いた。
「そのあたりは私たちには分からん。神に仕えるはずの乙女を妃に差し出す理由付けもな。だがまあ、教義などの面については聖王が何とでも解釈して位置付けるのだろう。そして、政略の面から言えば、巫女姫は格好の駒なのだ。失礼な物言いではあるのだがな」
「それは確かに、そうですね」
他国なら王女がその役を担うのだろうが、この国には王女がいない。その代わりに、王女よりも箔がつきそうな巫女姫という存在がいる。政略結婚の駒としてうってつけだ。ありがたみもある。帝国にとっては自尊心を満足させる特別な献上品になり、王国にとっては失っても痛くない捨て駒になる。
巫女姫という立場は尊いものだが、血筋が由緒正しいというわけではない。帝国の血と混ざることに忌避感を示す者がいないわけではないだろうが、教会の頂点たる聖王が主導するなら忌避感も何もあったものではない。正しいのだとお墨付きがあるのだから。
「……それに、仰ぐ王を変えることについてはこの国の民は慣れている」
クロフトが呟いた。サンドラにとっては物心もつかない昔の話だが、その時代から政治を支えてきた彼にとって色々と思うことがあるようだ。サンドラは沈黙を返事とした。
「かくなるうえは、巫女姫様の輿入れを成功させるしかない。そこでサンドラ、お前に動いてほしいのだ」




