恋の障害排除編02
サンドラは早速フェリクスに目通りを願った。フェリクスはすぐに応じてくれた。
これは少し意外だった。のらりくらりと躱されるかもしれないと思っていたからだ。隠れ蓑だの婚約者のふりだのと巫女姫に言ったことを、立場上サンドラが問題視せざるを得ないと彼も分かっているだろうから。
だが好都合だ。ぴしゃりと言ってやる、とサンドラは息巻いた。
(彼のことを協力者だと思ったのがいけなかったんだわ。甘かった。彼には彼なりの思惑があるのだから……)
巫女姫との結婚は彼の利になるはずと踏んでいたのだが、その路線は守るつもりのようだが、その内実はサンドラが考えているものと異なるのかもしれない。
部屋に入ると、フェリクスは椅子に腰かけたままサンドラを迎えた。巫女姫の恋の相手である護衛騎士ドミニクは彼の横に立っており、サンドラが一人で来たことに少し驚いた様子だった。巫女姫を伴わずに侍女が独りで皇子に目通りを願うのは確かに少し不自然ではある。だが、そんなことを言ってはいられない。
そして、その反応で確信した。ドミニクはルシンダの想いを知らないし、フェリクスから何も聞かされていない。
サンドラの確信を裏付けるように、フェリクスはドミニクに言いつけて外に出ていかせた。使用人であるサンドラが皇子と二人きりになったところで何の問題にもならない――使用人は得てして空気のように扱われる――のだが、フェリクスは紳士的にも、ドミニクを硝子戸の向こうに立たせ、話は聞こえないように、しかし中の様子は分かるようにした。フェリクスとルシンダの話し合いを見守った時のサンドラと同じような感じだ。
「さて、話を聞こうか」
なぜか紅茶でもてなされ、座り心地の良い椅子を勧められ、サンドラは身構えつつも腰を下ろした。一応の用心として、ドミニクから口元が見えない位置取りをする。彼に唇を読まれでもしたら大変だ。何も知らない彼に、巫女姫と護衛騎士がどうのこうのと読まれてしまったらどうなるのか想像するのも恐ろしい。
紅茶に手を付けないサンドラに、ただの紅茶なのに、とフェリクスは笑った。
「怪しいものなんて入れていないって」
「……信じられると思いますか?」
「まあ、信じられないだろうね。君のことが気になっている男が淹れたお茶なんか」
お茶を飲んでいなくてつくづく良かった。飲んでいたら間違いなく顔面目掛けて吹き出していたところだ。あわや大惨事になるところだった。
「…………」
「あ、その顔。全然信じてないね。傷つくなあ」
「…………信じられると思いますか?」
「まあ、信じられないだろうね」
あっさりと言い、フェリクスは優雅にお茶を飲んだ。完全に相手のペースだ。サンドラは努めて気を取り直そうとした。もちろんお茶には手を付けない。何かが入っている可能性は低いと思うが、吹き出してしまう可能性は高いからだ。
彼の世迷い事に付き合っていても仕方ない。自分は今日、ここにお茶を飲みに来たのではなく、談判しに来たのだ。
「単刀直入にお聞きしますが、殿下はどういうおつもりですか? 巫女姫様と結婚なさるおつもりはないのですか?」
「もちろん、そのつもりで僕は王国に来たんだよ? でも……」
フェリクスは含みのある視線を向けた。
「肝心の巫女姫は僕でなく護衛騎士に好意を向けるし、マナーもダンスも帝国水準からすると正直まだまだだし、会話も僕に丸投げで……ちょっとどうなのかなあ、って思っちゃうんだよね」
「うっ…………」
サンドラは言葉に詰まった。こちらの教育不足は明らかだ。これはサンドラ一人の責任ではなく、教師たち、差配したクロフトたち、そして王国の責任を問われている。……サンドラが別方向の難事にかかりきりでマナーやダンスや会話にまで手が回らなかったということをさて措いても。
前者については申し開きのしようもない。
後者についても、マナーやダンスは一応の及第点を出したのだが、さすがに帝国水準には及ばない。カバーしてくれたフェリクスの言葉だからこそ重みもある。招待客との会話も確かにフェリクスに頼り切りで、これは頼りないと見做されても文句は言えない。
だが、この状況における巫女姫の一番の存在価値は、彼女と結婚すれば王国の支配権が手に入るということだ。その大きすぎる強みがあるからこそ、皇子も多少のことは飲み込んでくれるだろうと暗黙のうちに期待していた。そこを言葉にして突かれた形だ。
なら、こちらも言葉にするまでだ。サンドラは強気に言い返した。
「そもそもは貴国が皇子の配偶者にと巫女姫を求めたことが発端ではありませんか。王女のいなかった我が国に、教会から巫女姫を連れ出して王女のように仕立てさせて、教育が付け焼刃になるのは当たり前ではありませんか。こちらはそちらの求めに応じただけのこと。はっきり申し上げて無茶な要求に、それでも何とかお応えしようとしているのですが」
「うん、まあ、そこを突かれると弱いよね」
フェリクスはあっさりと認めた。参ったと両手を上げてみせる。
「そちらには巫女姫しか高貴な女性がいない。少なくとも表向きは」
なぜかサンドラの目を覗き込んでくる。サンドラは怯まずに視線を返した。
「…………。しかしこちらには腐るほど皇子がいる。僕が失敗すれば他の兄弟が送り込まれてくるだけ。……でも」
フェリクスは少し身を乗り出した。
「僕を調べた君は知っているんじゃない? 僕は王国にとって、決して悪い存在ではないと思うのだけど。むしろ兄弟たちの誰よりも、この国の王に相応しいと思うよ」
「それは……」
それは確かだ。王国の貴族階級出身の母を持つ皇子はこの国の歴史と文化に理解があるし、能力的にも申し分ない。学問に秀でているというだけでなく、帝国内で兄弟間の権力闘争を上手くこなして王国行きを決めた手腕を見ても、これ以上に有能な存在は求められないだろうと思う。
王国には議会があるから完全な独裁者にはならないし、なんなら帝国側から圧力をかけさせることもできる。王として不適格なら他の者を連れてくることもできるのだという交渉のカードがある。他の皇子と手を結ぶ道がある。
とはいえそのカードは、いまサンドラが切ったように、他にもっと有力な者がいない現状では機能しない。
サンドラがそこまで考え至ったことをフェリクスも察したらしい。宥めるように苦笑した。
「こちらにもそちらにも色々あるけど、少なくとも僕は巫女姫との婚約関係を維持していくつもりだ。さしあたり、その点では合意できるのではないかな? 侍女サンドラ」




