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運命の出会い演出編16

 まずはルシンダを落ち着かせるために慰めるのかと思ったが、フェリクスは特にそういうこともなく、むしろ淡白に話を進めているようだ。紳士的で結構なことだが、それで大丈夫なのだろうか。話は伝わるのだろうか。

 ルシンダは泣きながら俯いていたが、途中で涙が止まってきて、きちんと話を聞く体勢になった。

 意外な思いでサンドラは見守った。話の内容は分からないが、会話は成立しているらしい。ルシンダは頷いたり短く言葉を返したりしており、フェリクスが会話の主導権を握っている。そのせいで、

(何が話されているのか分からない……!)

 ルシンダの唇の動きは読めるが、断片的な単語からでは会話内容が推し量れない。あいにくフェリクスはこちらに頭を向けており、彼の唇の動きが読めない。

 さりげなく誘導して二人の位置を逆にしておけばよかったのかもしれない。しまったと思いつつ、今からではどうにもできない。

(まあ、ルシンダ様が立ち直ればそれでいいのだし……)

 そう思いつつ、そうできるのだろうかとまだ疑いが晴れない。

 しかしフェリクスは話を続け、ルシンダの調子も元に戻ってきている。やがて会話が終わったらしく、フェリクスが振り向いてこちらに頷いてみせた。入ってきていいという合図だ。

「外に立たせてしまって済まなかったね。おかげで彼女とゆっくり話をすることができた。もう問題ないよ」

「問題ない……とは?」

「話がついたということだ。お披露目の舞踏会にも出てくれる」

「本当に……!?」

 あれだけ取り乱していたのに信じられない。ルシンダを振り返ると、彼女は頬にまだ涙の跡を残しながらもしっかりと頷いてみせた。

「わたくし、頑張るわ」

 その表情に悲壮感がない。むしろ決意とやる気に溢れている。

(どういうこと……!? 政略結婚させられる可哀そうなお姫様の役柄に浸るのは止めたということ!?)

 非常に喜ばしいことなのだが納得いかない。また糠喜びさせられるのではないか。すっかり疑い深くなってしまったが、当然の用心だろう。

 だが、サンドラの困惑をよそに二人は意見をまとめた様子だ。話が衣装合わせやらリハーサルやらの事務的な話題になってきたので、サンドラは納得いかないながらもルシンダに代わって話を進めた。そうしたことはサンドラの管轄だ。必要事項を摺り合わせて調整をつけていきつつも、頭にはまだ疑問符が浮かんでいる。

 だが、下手なことは言えないし聞けない。気を変えられては困る。

 そして、サンドラにとっては訳が分からないまま、お披露目の舞踏会の日がやってきた。


 最後までサンドラは懸念していたが、お披露目はまったく問題なく進んだ。

 ルシンダは王国の色であるオレンジを基調にしたドレスを纏い、可憐さが人々の溜息を誘っている。傍らに立つフェリクスは彼女を引き立たせる落ち着いた服装ながら、袖口などにアクセントとして同じ色を使い、王国への謙譲を見せている。

 そんな二人の様子も仲睦まじく見えるものだった。ルシンダは笑顔を浮かべていたし、フェリクスもそつのない笑みを浮かべている。彼を帝国の侵略の象徴と見て倦厭する視線もあったのに、まったく動じず、場慣れした様子で堂々と振る舞っていた。

 二人はダンスも問題なくこなした。ルシンダは不慣れな様子だったが、それをフェリクスがカバーするさまが却って好印象を与えていた。可憐な巫女姫と、彼女をリードしつつも適切な距離を保って紳士的に振る舞う皇子。仲が良さそうに見えるが、皇子が巫女姫に骨抜きにされた様子もない。

 ダンスが終わって歓談の時間に入ると、フェリクスは如才なく話を引き受けていた。不慣れなルシンダに代わって要領よく社交をこなしていく。

「ええ、もちろんよく存じておりますよ。ご領地の綿は高品質だと我が国でも評判で……」

「相変わらず若々しくていらっしゃる。五年前の我が国の建国祭に来てくださった時と何もお変わりありませんね……」

「おや、いま我が国で大注目の音楽家を輩出された一族の方ですか。もしかして貴方もバイオリンを演奏なさるのでは……」

 フェリクスは王国の要人たちの事情に通じており、適切な話題をごく自然に出し、まったく無理する様子がない。サンドラは思わず舌を巻いた。何かあったら助けられるように、色合いは抑えて目立たないようにしつつもこの場にふさわしいドレスを纏って近くに控えているのだが、助け船を出す必要がまったくない。

 そうして帝国の皇子は方々に顔を売り、有能さと王国事情への造詣の深さを印象付け、巫女姫との仲の良さも存分にアピールしていた。サンドラが望んだ、まさに理想の展開だ。

(嬉しいのだけど……嬉しいのだけど……! 素直に喜んでいいのよね…………!?)

 サンドラは半ば無意識に誘いの手を断り、二人の様子を食い入るように見つめていた。控えめなドレスながらサンドラも容姿の端麗さと姿勢の良さで男性たちの注目を惹いていたのだが、本人はあまり自覚がない。

(そういえば……何か忘れているような……?)

 何故だかそんな感覚がするのだが、答えが見つからない。きっと些細なことなのだろう。このお披露目の大成功の前にはほとんどのことが些事だ。

 ――だが、そこで考えを止めるべきではなかったのだ。……とはいえ、その場でサンドラにできることは何もなかった。

 婚約発表の舞踏会を大成功で終えたルシンダは、自室に戻ると、まだ上気した顔のままで瞳を潤ませ、サンドラに言った。


「わたくし……皇子の護衛騎士のドミニク様のことを好きになってしまったの」

「………………。…………はい?」

「フェリクス様は隠れ蓑になってくださるのですって! 婚約者のふりをしていると思えばいいと言ってくださって……今日のお披露目も大成功だったでしょう?」

(…………なんですってーーーー!?)

 サンドラはその時ようやく思い出した。皇子の晴れ舞台に、その場にいるべき護衛騎士の姿がなかったことを。……ルシンダの目の届くところに彼を置いておけなかったからなのだ。


 実のところサンドラは、一番大切なことを忘れて……もとい、気付けずにいた。

 ルシンダに「皇子を皇子と悟らせず出会わせる」「運命的な出会いを演出する」ことが上手く行かなかった一方で……自分が皇子に、運命的に出会ってしまっていたのだということを。

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