運命の出会い演出編10
「探られているようですよ、殿下」
かっちりとした制服姿の騎士が、大きな椅子にゆったりと腰かけて足を組む人物に声をかけた。殿下と呼ばれた人物――帝国の皇子フェリクスは、青い瞳をきらめかせて笑うように口の端を上げた。
「ふうん? まあ、珍しくもないけどね。兄弟たちの誰からかな」
王国を統べる権利を勝ち取ってからは少し落ち着いていたのだが、その前からずっと、皇子フェリクスの身辺を探ろうとする動きは多い。主に兄弟たちによるものだ。味方につけるにせよ敵に回すにせよ取るに足らないと無視するにせよ、ライバルの能力は把握しておきたいものだし、可能なら弱みも握っておきたい。そういうことだ。有能さを隠しもしないフェリクスは目立つから余計に。
「とはいえ、皇子が何人いるかすら定かではないし、なんなら僕自身が何番目の皇子なのかもよく分からないけどね。……だろう?」
水を向けられた騎士が苦笑する。しかし否定はしない。
ただでさえ皇帝の子供の数が多いうえ、皇子なのか皇女なのかはっきりしない者もいるし、意図的に性別を偽る者もいるし、認知しただの廃嫡しただの言われてもいちいち付き合いきれない。はっきり言ってどうでもいい。こちらは一抜けたをするつもりだから、残った者で勝手にやってくれればいい。
帝国のありようは歪だ。長く保つとも思わない。カリスマを持つ皇帝が崩御したら、次の代にはどうなるかもう分からない。帝国が瓦解する前に、フェリクスは身の振り方を帝国の中枢から離れたところに求めたのだ。
帝国民は、今の時点でも帝国民としての共通意識があるわけではない。皇帝を戴いてはいるが、各国もとい各地域を直接的に治めるのはそれぞれ別の者だ。
自分の身の振り方を考えたとき、そうしたどこか適当な小国の王に収まるのがいいだろう、という打算は確かにあった。
だが、それだけではない。王国行きを望む理由がフェリクスにはあったのだ。どこか適当な国、ではなく、その王国を選ぶ理由が。
「ねえドミニク、君はアレックス陛下を覚えているよね?」
「はい、もちろん。英明で気さくな方で、私にまで愛称呼びをお許しくださいました」
「僕はまだ小さかったけれど、僕も覚えているよ。まとわりついた僕を邪険にせず、優しく頭を撫でてくださった。今でも母から王国の国王夫妻の思い出語りを聞くことがあるよ。良い方々で……国を統べるには優しすぎたのだと」
二十年近く前、王国の政変は最初、小さな火花のようなものだった。革命思想が国外から流れ込んできたのだ。
実のところ、今ほど大きくなかった帝国は、その思想に乗じて――混乱に付け込んで――勢力を広げたという過去があったりする。
帝国はそのように利用したが、他のある国は厳しく弾圧し、他のある国はきちんと民の声として聞こうとした。王国のことだ。
対応が正直で善良すぎたのだ、とフェリクスは思う。結果として、善政を敷いていた王は倒れ、議会、それも貴族から成る上院が力を増した。要は王族の権力を貴族が都合よく頂いたというわけなのだ。平民から成る下院は相変わらず発言権が弱い。
上院と、そして教会。平民が革命の口実としていた生活苦や困窮者への扱いのひどさは、むしろ王家ではなく教会のせいだった。税を貯め込み、建てるべき救護施設を建てず、困って門を叩く者を邪険にした。その恨みが王に向かってしまったのだ。
各地で実際に困っていた層と、扇動されて都市で革命を叫んだ層とは乖離があった。半端に学のある一部の者たちが熱に浮かされて暴走しただけだということは分かっているが、それでも馬鹿なことをしたものだと責めずにはいられない。結果として王家はなくなり、王国は名ばかりの王国になり、教会が力を増した。さすがに教会も自分たちの行いが恨みを買うものだとは分かっていたようで、次に何かあったら矢面に立つのは自分たちだということもあって、事態は改善された。だがそれで過去が帳消しになるわけではない。
そんな王国だから、フェリクスは色々と思うところがある。母が王国の貴族階級出身だということもあり、王政が打倒されたときにフェリクスはその国に滞在していた。母は友人だった国王夫妻を救おうとしたが力及ばず、夫妻は獄中死したと聞いている。
「立派な王を殺してまで王政を廃しておきながら、相変わらず平民は発言権を持てないし、聖王とやらを疑似的な王のように振る舞わせているし、しかも帝国が少し圧力をかけただけで余所者の僕を王として迎え入れようというのだもの。王を殺した良心の呵責あってのことだとは思うけれど、いただけないよね。だからあの国の王座を頂くことにしたんだ」
さらりと言うフェリクスに、騎士――ドミニクはさらに苦笑した。
「殿下はそのように露悪的に仰いますが、色々なことをお考えであることは分かっておりますよ。王国に縁もゆかりもない他の皇子たちと違い、殿下は母君を通じて王国に縁がおありになる。文化も風習も分かっておられる。ご自身の統治が最も彼らのためになると判断しておいでなのでしょう?」
「まあ、そういうこともあるかもね。それに僕、有能だし?」
ドミニクの苦笑が深まった。しかしそれは否定的なものではない。利発な年下の主への敬愛の情が滲んでいる。
フェリクスは帝国のあちこちを回り、民の生活を見て回る傍らで、各地の学術機関に出入りして学者たちに教えを請い、議論を戦わせ、見識を高めてきた。もちろん、帝国の中枢で他の皇子たちとともに教師について学ぶこともあった。お飾りの王になる気はさらさらない。もちろん、聖王の手駒になるつもりもない。
「僕を王として迎え入れてくれるなら、見返りは十分にもたらしてみせるよ。国を富ませてみせる。善政を敷いて、アレックス王の功績を再評価して……あの国の国民に後悔させてみせる。彼を失ったことを」
それがフェリクスなりの悼み方だ。
「ご立派です。……しかし、話のどこにも巫女姫様のことが出てきませんね。協力者となられるかもしれない方ですのに」
「邪魔者となるかもしれないけどね。まあ、うまく味方につけられるように動いてみるよ。調べた感じ、いかにも箱入りのお姫様って印象だし……とりあえず、爽やかな王子様路線で行けばいいかな」
金髪をかきあげて笑ってみせる。金髪碧眼の王子様、フェリクスの外見はまさにそのものだ。対してドミニクは焦げ茶色の短髪に同色の瞳、がっしりとして背が高く、柔らかい印象のフェリクスとは対照的だ。
そのドミニクが強面に困惑を滲ませ、躊躇いがちに言った。
「先ほど述べたことですが……殿下を探っておられるのは、どうやら巫女姫様のようなのです」
「――――何だって?」




